第357話 ソレイユ、塔に踏み入る

「扉……扉がすでに雨ざらしにしていいものじゃない……」

ソレイユは床にすがりついてるみたいな様子。顔のあたりにはファラミアが入れたのか、クッションがある。気にしたら負けだろうか。


「一応屋根はあるぞ?」


 階段は塔の外周に張り付くようにあるだけで手摺りもないままだが、階段の突き当たり、玄関前のスペースは庇から床に伸びた格子と風除けを作った。普段は穏やかな島だが、精霊が暴れると嵐になるって言うし、玄関開けて壁なしの二階の踊り場というのは避けたい。


「ソレイユ様、まだ入り口でございます」

ファラミアが淡々と告げる。


「我が君、こちら庭師のチャールズから。よろしければ玄関先ここの隅に置いてくださいとのことです。小さめの白い花をたくさん咲かせるそうで、水やりは水樋からの飛沫で十分だそうです。設置してもよろしいでしょうか?」

アウロが足元の鉢を持ち上げて俺に見せる。


 大きめの鉢からは、柔らかそうに見える小さな葉がついた細い枝がたくさん伸びている。枝分かれしている箇所に、蔓が巻いているので格子に絡む感じで伸びるのかな?


「ありがとう。頼む」

ソレイユの奇行を完全スルーするアウロとは違い、キールが手を貸してソレイユを立たせている。甲斐甲斐しい。


「中に入ろうか」

招いたのはソレイユ、ファラミア、アウロとキールの四人。


「うう。保って、私の胃。いえ、心臓!」

微妙に不穏なことを呟くソレイユ。


 キールに支えられて、玄関ホールに入る。二階はまるまるホールだ。


 床の真っ白な大理石には、白い魚の精霊が何匹か住んでいる。なんか気がついたら居た。たぶん気が向けば、普段見えない人にも姿を見せてくれる。時々壁にも青トカゲ君の尻尾の影が出るし。


 高い天井には地の民作のシャンデリアに俺が精霊灯の魔法陣をつけたやつ、同じ系統のデザインで壁に精霊灯がいくつか。


 正面に階段、階段上部からぐるりと回廊が巡る。手摺りがまた地の民作の芸術品。階段には濃い赤と金色の古典的な絨毯。


 まあ、こっちの世界で古典的かどうかは知らないけど、絨毯はエスで模様と色の注文して作ってもらったやつ。精霊が夜な夜な手伝ってくれる精霊憑きの織り手で、高いけど品質がいいし何より納品が早い。早いって言っても、地の民による改装が決まる前に頼んでいたものだが。


 左右には城壁の回廊に出る重厚な扉。男でも一人では持ち上げられない、でかい閂がかかっている。階段を挟んで左右対称に椅子とティーテーブル替わりになるチェスト。当然のごとく、全て地の民作。


 派手になりすぎないようにシンプルな方向ではお願いしたが、ホールだけは明るい雰囲気優先で、他の部屋に比べて華美かもしれない。分厚い石の壁に覆われた塔の中とは思えない華やかさ。


「うう。もう一回横になっていいかしら」

「お控えください。まだ一部屋目です」

ふらふらと上体を揺らすソレイユに、直立不動で付き添うファラミア。


「美しく幻想的でさえあります。我が君の住まいとしてふさわしい」

アウロの感想。

「もし客を招くとして、威圧効果は十分だな」

キールの現実的な感想。


「客といえば、レディローザの話ってなんだった?」

「布の商談の話だったけれど、断ったわ。多少利益が大きくても、ナルアディードを通さない商売は避けたいわ。それに、ファラミアとキールがレディローザの今までの取引を調べたのだけれど、しなくていい便宜を図っている取引がいくつか。あの人は純粋な商売ではなくて、他に目的がありそうなのよね」

仕事の話をすると復活するソレイユ。少し眉をひそめて、考える仕草をする。


 ファラミアはともかく、キールは調べ物なんかできたのか、脳筋なのに!


「この島と館の警備、襲撃ルートを確認しているような気配も見受けましたので、丁重にお帰りいただきました」

アウロが言う。


「なるほど」

やっぱり勇者のいるシュルム王国対策に巻き込む算段だったのかな? 商談だと思って付き合ってたら、国との戦争に突入とか笑えない。


「どうかしたの?」

ソレイユが不思議そうに聞いてくる。普段あんまり商売の話に首を突っ込まないからな。


「ちょうどいい、ちょっと答え合わせ的なものを一緒に聞いてもらおうか。『海鳥くん、出番です』」


『へい旦那! いつでも聞かせるぜぇ』

俺の呼びかけを聞いて、姿を見せる海鳥くん。あれから契約して、そのままレディローザの仕事も受けてくれるよう頼んである。


 少ない魔力でめいいっぱい働かされていたようだが、俺が【解放】して、俺の魔力も時々回すことで快く承知してくれた。


 おしゃべりだと思っていたのだが、よほど相性が良くない限り、人には海鳥くんの声は聞こえない模様。でも姿は見える。


「こちらは最近知り合った精霊で、レディローザについて情報を持ってきてくれた。『じゃあ頼む』」

ぽかんとしている四人――ファラミアは無表情だし、アウロは笑顔だが――をよそに、ちゃっちゃと進める。俺が返事をすると、ぽちっともふっと自分の胸を押す海鳥くん。


「青の精霊島は拠点にちょうどいい。警備は厳しいが、懐に入って少しづつ協力者と入れ替える。いざという時は、海辺の住人を人質に。その手段の検討もしておく」

ぱかっとくちばしが開いて、腹話術のように女の声が流れる。少し低めの、力のある口調。


 声を届けるってそのままの意味か!


『どうよ、旦那。あっしの能力!』

『すごいな、ちょっとびっくりした。ありがとう』

『いいってことよ』

お礼にちょっと魔力を渡すと、海鳥くんはばっさばっさと飛び去っていった。海が近い下の格子の部屋が気に入ったらしいので、行き先はそこだろう。


「そう言うわけだ。レディローザとの交流はこれからもなしで頼む」


「……わかったわ」

「承知しました」

「わかったが、反則技だなおい」

答える三人と、無言で頭を下げるファラミア。

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