第130話 大福
「ああ、くそっ!
「寝不足か?」
「ジーンは眠くないの?」
「充分寝てる」
日本にいた時と比べて夜更かししなくなったし、外で寝るのも飛ばされた島での生活のせいか、平気。
「私もいささか。眠りに関係のある精霊がいるのでしょうな」
そっち!?
「ほとんど眠らない魔物にまで影響が出てるわ」
シヴァの言う通り、周囲の魔物がフラフラしている。ここぞとばかりに倒すんだが。
「えーと?」
字面的に考えると【精神耐性】さんが仕事をしているとかだろうか?
そう考えながら『斬全剣』を振るう。進むにつれ、襲ってくる様子もなくうずくまっているネズミが増え、虫の穴からは近くを通っても何も出てこなくなった。
「あ、大福」
「ダイフク?」
俺の視線の先に全員の視線が向く。
何か大きな白いものが二つ、地面に落ちている。ちょっと柔らかそう。
「人……と、猫?」
大福だと思ったものは丸まった大きな白い猫と、白いローブにくるまった人。どっちもなんか柔らかそうで二つの大きな大福に見える。
白い猫、
「猫は精霊のようですな」
「原因はこいつか。でもなんでこんなところに?」
「起こしてみるか?」
棒があればつんつんできたのだが。
その前に周囲の魔物をなんとかしてしまおうということになり、寝ているらしい魔物をかたっぱしから倒す。作業が単調すぎるのか、ディノッソがすごく眠そう。
安全を確保して改めて大福の様子を伺う。念のために俺の『灯り』は無効にした。
「こんにちは〜聞こえますか?」
シヴァがカンテラを掲げて声をかけるが無反応。
カンテラは人数分【収納】から出したので、全員が下げている。
「うっ」
「……眠気が増しましたな」
「うるさかったってことかしら?」
今度はディノッソがそっと近づくが、大福にたどり着く前に立ち止まる。
「これ以上進めねぇ」
ペタペタと宙を触る手、どうやら見えない壁があるらしい。ちらっと薄眼を開けてディノッソを見るとあくびをする猫。
そっと木箱を取り出す俺。目測で猫に比べてちょっとだけ小さい箱。
蓋を開けて設置すると猫が興味を持ったらしく、のっそりと起きてそっと箱に入って猫は流体だと証明するがごとくぴったりと収まる。
そっと蓋をする俺。
「……」
三人を見る俺。
「どうしよう?」
「いや、聞かれても」
「捕まえるのならば後先考えるべきかと」
「あらあら」
そもそも封印もなにもない木箱なので捕まえたわけじゃない。その証拠に箱から尻尾だけはみ出している。
ちょっと入れてみたかっただけなんです。
「んー!」
もう一つの大福が動いた。
身を起こし、大きく伸びをする大福。いや、フードが外れて黒を溶かした紫色の髪が滑り落ちる。
「女の子?」
「おはようございます。ホワイルはあなた方が?」
地面に座ったままこちらを見上げる顔は抜けるように白い。そして肌は大福のように柔らかそう。
いかん、大福から離れられない、帰ったら作ろう。
「ホワイルっつーのが白い猫の精霊のことなら、そこの箱ん中だな」
ディノッソが俺の足元にある箱を親指で指す。
「まあ。離れようとしても離れなかったのに……」
「貴方は何者で、どうしてここにいるのかしら?」
シヴァが聞く。
外見は可愛らしいが、氾濫が疑われるような魔物の間に眠っていた。正体が知れない少女にみんな距離を詰めようとしない。
「わたくしはサラ。――外は眠るのにうるさかったのですわ。眠くて眠くて仕方がなくて、ホワイルに連れられて来た場所がここだったのです。ホワイルは防御結界を張れるので、わたくしのようなものでも来ることができたのです。――夢うつつでしたけれども」
「外はうるさいって、ここもうるさくねぇ?」
「音はホワイルの結界でほとんど聞こえないのです。うるさかったのはホワイルの結界を貸して欲しいというローザ様という方ですわ」
こっちでもスカウトしてるのか。しかもしつこそう。
「わたくしは睡眠と三食昼寝、夕寝、朝寝付きがいいんですの。お話を聞く限りそれが望めませんのでお断りさせていただきましたのに」
「ほとんど寝てばっかしじゃねぇか」
ディノッソが突っ込む。
「ええ。一日に起きていられるのは二刻くらいですわ、その間も眠いんですの。今、ホワイルが離れて初めてはっきり意識が戻ったくらいですのよ」
なんというか上げ膳据え膳のお嬢様でないと難しそう。
「幸いわたくしは容姿が整っておりますし、肌にも自信があります。ベッドから降りずにお仕事のできる愛人になることが目標なのですわ」
ん?
「いい笑顔ですごいこと言ったぞ、コイツ」
ディノッソが言う。
どうやら俺の聞き間違えではない様子。
「防御結界のほうで職を得ては?」
「ホワイルは眠る時、わたくしの他は外に出してしまいますの。ローザ様にも役に立てないとお伝えしたのですけれど、眠くてうまく伝わらなかったようですわ」
「あるいは眠りの方を利用したかったとかかしら?」
「どちらにしても一緒に行く気はなかったのですわ。あの方、わたくしをあちこち引っ張り回す話をされていましたから」
ベッドから離れたくないんですわ〜というサラ。
「ところで申し訳ないのですが、何か食べ物を分けていただけませんか?」
形の良い眉を下げて困ったように聞いてくるサラ。
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