第481話 揺るがぬ心

「まあ、視線が何かを追ってここに落ち着くし、アッシュは妙に緊張した顔で膝を上げているし、なんかいるんだろうなとは思ってたが。そうか、これか」

そう言って太ももの間に収まった、大福を見る。


 大福は表に出ている白い毛の下、薄灰色のアンダーコートがある。白い生地から餡子が透けて見えるみたいな配色で、とても和菓子の大福っぽい。お鼻と肉球はピンク、長いしっぽ、柔らかそうな体。時々こねさせてもらうと、実際柔らかい。


 アッシュには光の玉形状、猫形状を気分で見せていたらしい大福。しかも大福は自分で体を支える気がない寝方をするので、綴じた足の膝側を持ち上げて、プルプルしているのも時々。


 手で支えようとするんだけど、触れないみたい。たぶん大福に遊ばれてる。そういうわけでアッシュのところにいる時は、膝の上。レッツェのところにいる時は、足の間だ。


 レッツェにこしょこしょと顎の下をかかれて、ごきげんな大福。レッツェの猫の扱いが上手いって言ってたのは、クリスだっけ?


「……さわれるのか」

なでておいてびっくりするレッツェ。


「え、この魔法陣そんな効果まであるの!?」

気怠げに魔法陣を眺めていたハウロンが、目をむいて手の中のものを見直す。


「いや?」

ああでも、描いてる最中、相性が良くなるように願ったから? 


「とりあえず、ジーンがどんな世界を見てるかは、何となくわかった。こう見えてちゃ、まあ……。まだ混乱していない類いだったんだな」

レッツェがしみじみと言う。


 そうなんです、精霊の世界、なんかファンシーで自由なんですよ! 


 真面目な話してる時だって、精霊が顎にうっとりしてたり、脇を舐めてたりしてて、すごく辛かった。


 慣れたけど。


 最初は視線を外すために、下を向いたりしたんだ。向いた先にディーンの匂いフェチがいたけど。


 今、ディーン以外が俺と同じ目にあってるっぽいけど、ディーンの足にいる精霊を、たぶんただの足フェチ精霊だと思っている気配。違う、違うぞ、その精霊はディーンがブーツを脱いだ時こそ真価を発揮するんだ……っ!


 ディーンはディーンで、火トカゲくんが気になって気になって仕方がないみたいだけど。視界の端でちらちら舌が伸びてたら気になるよね……。そこは目を逸らそう。


 いや、まて。


「「まだ」混乱してない類って、俺が変だったってことか?」

確認したら、視線を逸らしたレッツェ。


「ひどい……っ!」

なるほど、壁の方に視線を向ければとりあえず人に憑いている精霊はいない。と、思いつつ文句を言う俺。


「これだけ見えて、あれだけ高位の精霊に日常的といっていいほど会ってたんじゃ、価値観もおかしくなるわよねぇ」

クリスの顎、ディーンの脇、レッツェの膝にと視線を送り、小さなため息をつくハウロン。


「精霊が見えない状態でやったら、ちょっと変態っぽいです、ハウロン」

「見えるんだからいいでしょ! というか、うっすら光る球体としては認識してたのよ! これから球体見ても憑いてるところによっては、あらぬ想像をする羽目になるわよ! どうしたらいいの!!!」


 最初は俺に向けた文句だったのに、後半はなんか混乱して誰にともなく叫ぶ。ハウロンおじいちゃん、しっかり!


「……シヴァのは、時々はっきり見えるし大丈夫、大丈夫のはずだ。子供たちの精霊も大丈夫……力を使う時は光って見えねぇ……。フェチ堪能してる時は見えてない時だったらどうしよう……。というか、こんなに精霊ってずっと見えてるもんなの?」

ディノッソは頭を抱えている。


「旦那は家に帰りゃ、確実に精霊がいるのか……。大変だな」

同情の声をかけるレッツェ。


「ディーンの精霊はちょっと特殊かもしれないけれど、私は自分の精霊に会えて嬉しいよ!」

自分の精霊を優しくエアなでなでしながら、きらきらしているクリス。


 触れないのか。精霊の強さと性質にも因るのかな? ディノッソの炎のドラゴン、強い精霊だけど触れないっぽいし。


「俺の精霊は特殊かもしんねぇけど、お前の精霊もだいぶ特殊だからな……?」

ディーンが半眼、低い声で言う。


「旦那のドラゴンは格好いいし、ハウロンの精霊も変わってるが――いや、四体中二体は俺の想像していた精霊っぽいぞ。――いや、うん。大丈夫だろ」

最後に視線を逸らすレッツェ。


 話している途中で、ハウロンの赤い子が一反木綿を踏んでいる現場を目撃したようだ。今のところ半数以上が変な性質を持っていることに気づいてしまったんだな? さては?


「レッツェ、お前、慰めるならもっと自信持って!」

がばっとこっちを見るディノッソ。諦めて。


 なんてやってるところにノックの音。


「書き置きを残しておりましたので、アッシュ様がいらっしゃいましたかな?」

そう言って、執事が扉を開けに行く。


 アッシュは熊狩にでも行っていたのだろうか? 熊絶滅しない? 大丈夫?


「お邪魔させていただく。――どうかしたのか?」

「いらっしゃい。精霊をよく見られる魔法陣を作ったんで、みんなに見てもらってた」

アッシュのために席を作り、迎え入れる。


 執事が扉を開けた外に、執事の精霊が一瞬見える。アッシュにつけていたのか、それとも外に隠れてずっといたのかどっちだろ。


「食事はまだ?」

「ああ。すまない」


 答えを聞いている途中で、コロッケを出す。新しいグラスにワイン、焼きたてのパンも。パンはいつもおかずを食べ終えても、ワインのつまみに食べ続けるディーンの手が止まってるんで、まだ籠にあるんだけど。


 で、アッシュにも魔法陣を使ってもらいました。


「ふむ。精霊の世界は他者の目を気にせず、純粋で自由だな。まるでジーンのようだ」

無表情に言い切るアッシュ。


 俺!?


「強いわねぇ……」

「この赤裸々な世界に小揺るぎもしねぇ……」

伝説二人組が呟く。


 アッシュ、もうちょっと動揺してもいいんだぞ?

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