第372話 一般市民な二人

 レッツェと二人、バルコニーでエス川を見ている。


「落ち着かねぇな」

「落ち着かないな」


 宿屋はハウロン紹介、王族御用達。王宮近いんだからわざわざ宿屋に泊まるんじゃねぇよ! と思わなくもないけど、そこはそれエス川がちょっとずつ川筋を変えて、遠くなっちゃったんだって。


 元々は王宮もエス川の川岸にどーんとあったのが、離れてしまたので数代前の王様がエス川の川辺に離宮を作ったんだって。で、国の勢力激減した時に手放したっぽい。いや、運営を商人に委託した、か。


 部屋の中をちらりと見る。


 長方形で半分が斜めに起き上がったような寝台に、サラサラする布がかけられ、クッションが盛られ、その上に横になっているカーン。ちょっと離れてハウロンも同じ状態。


 それはいいのだが、周囲に腰巻姿の顔も体型も似た、大人に変わる寸前みたいな少年少女が侍って、柄の長い扇みたいなのをずっと扇いでいてですね……。


 二人は寝ながらなんか食ってるし、その横で水差し捧げて声がかかるの待ち構えてるのもいるし。


「なんで俺、この部屋に詰められたんだろう……?」

ここが続き部屋が五つもあって一番いい部屋みたいなのだが、すごく居づらい。


「お前はあの二人の上だろうが。むしろなんで俺がここに」

川を行き交う船を見ながら、ため息をつくレッツェ。


 バルコニーにも日よけの布がかけられ、室内よりは涼しい。


 部屋割りは俺、レッツェ、ハウロン、カーン。ディノッソ家で一部屋、アッシュと執事、クリスとディーン一部屋づつ。


「他の部屋も、もれなくアレは二人以上ついてんだろ?」

げんなりした感じでレッツェ。


「様子を見に行ったら、アッシュたちは動じてなかったし、ディーンとクリスも普通に受け入れてた。子供たちはまた電池切れみたいに爆睡してたし、ディノッソとシヴァはあんまり動じてなかったな」

落ち着ける部屋だったら混ぜてもらおうと思ったのに、もれなくついてた。


 そして召使が侍っていることを、目に入れてないんじゃないかという貴族的特技を発動してるアッシュと、金ランクの人目に対する慣れを見た。


 ディーンとクリスは娼館での慣れだなあれは。看板しょってるようなお姉さんには、少女の召使がついていて、その子が酒食の用意とかいろいろ雑用するらしいので。


 アッシュたちのいる部屋はランクが一つ二つ落ちるらしいが、それでも金持ち貴族用。というか、この宿自体が高級宿なので最低一人は扇いでくれる人がつくんだと。


 召使付きの部屋ってことなんだと思うのだが、格好が致命的なこう……。いや、俺がそういう目で見てしまうだなんだけど。


 ここはカーンとハウロンがいる分、逃げられるんだけど、それでも一人一定の距離を置いて近くで水差し持ってスタンばってる。


「視線でいろいろ察して無言で先回りされるのもなんか怖い」

「沈黙の契約をしてるんだとさ」

「沈黙?」

「そそ。この建物内では声を出さない、建物内で見聞きしたことを外で語らない、だとさ。だいぶ報酬はいいらしいぞ、育ちきるまでの短い間らしいが」


 いつのまに情報収集したのか。扇ぎ係はしゃべれないってことは、ハウロンから聞いたとかなのかな? 謎だ。


 とりあえず極力目を合わせない!


 まったくくつろげないまま夕方、宿を出てアッシュとそぞろ歩く。途中まではみんな一緒に歩いていたんだけど、市場バザールで別れた。


 通路に商品が溢れ出てるような状態だし、大人数で歩くような場所じゃないのだ。アッシュと二人きりと見せかけて、たぶん執事がどこかにいる。遠駆けとか、熊狩りは二人でOKでも、ここは知らない土地だし心配なのだろう。


「アッシュは何か見たいものあるか? エスは麻布とか絨毯とか――硝子の香水瓶とかラピスラズリの宝飾品が特産品」

途中で気がついて女性向けの物品に軌道修正する俺。


「む……。ジーンは欲しいものはないのかね?」

「んー。青い模様の更紗さらさが欲しいかな?」


 綿の生地にスタンプみたいに模様をつけてあるあれだ。前回来た時に、青い模様のが売っていて、その時はスルーしてしまったけれど、島で青い布を売り出すつもりでいる身としては気になる。


「なるほど、ではそれを見に行こう。自分で何が欲しいかわからんが、ここは色々なものが視界に入るだけで楽しい」


 そう言うことになった。


 途中、染料屋を発見して買い込む俺。すでに染料にされたもの、染料の原料になるサフラン、茜、ウィード。ついでに模様スタンプもいくつか。アッシュにも選んでもらったので、後で何か染めて贈ろう。


 ちょっと休憩して、真っ赤な蜂蜜入りのお茶を飲む。こっちでカルカデと呼ばれる、植物のガクを乾燥したものを煮出したらしい。ハイビスカスっぽい?


「む……」

「ちょっと貸して」

人から見えないところで蜂蜜を出して、受け取ったアッシュのお茶に混ぜて甘さ増量。色は可愛らしいが酸っぱいお茶だ。


「ありがとう」

酸っぱさよりも甘さが強くなったお茶を嬉しそうに飲むアッシュ。


 翌日、アッシュから青い模様の布を贈られた。見つからなかったのにいつのまに……。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る