第612話 子供たちの成果

 アッシュは眉間の皺を深く、口元を引き結び、断腸の思いでシュークリームを後にした。今、シュークリームは俺の【収納】に入っている。


 折衷案というか、妥協点というか、作りたてに近い状態で食えるように明日改めて渡すことになった。


 シュークリームで、アッシュをここまで悩ませることになるとは思ってなかった。お菓子に対する情熱の差を見誤りました。


 カヌムの俺の家を通り抜けて、ディノッソ家へ。玄関の扉をコンコンと叩く。実はノッカーがあったりするのだが、未だ使い慣れない。


「いらっしゃい!」

「いらっしゃいー」

「いらっしゃい〜」


 子供たちが迎えて、手を引いて中に入れてくれる。


「おう! 待ってた、腹減った!」

笑いながらディノッソが言う。


「いらっしゃい」

シヴァが奥から顔を出す。


「お邪魔します。これは明日食べて」

ディノッソにパンとハム、卵を入れた籠を渡す。


「おお。いい匂いだ」

受け取ったディノッソが埃除けの布をめくると、焼き立てのパンのいい匂いが漂う。


「いい匂い!」

「お腹が減った」

「減った〜」


 籠は子供たちの手に渡り、最終的にシヴァに。


「こちらはアッシュ様から。食後のお茶は私が用意いたしますので、お湯をお願いしていいですかな?」

執事も何か包みをディノッソに渡し、同じようにシヴァに渡ってゆく。


 見たことがある肉屋の包みだから、中身はちょっといいお肉だと思う。俺は『食糧庫』の肉と城塞都市の肉を使うことが多いんで、カヌムの肉屋に馴染みがないんだけど、多分俺以外の全員が推測するまでもなく肉だと分かってやり取りしてる。


「ありがとう、助かるわ。ティナ、エン、バク、お湯の用意を」

にっこり笑って、台所に向かうシヴァ。


「はーい!」

「お水汲んでくる!」

「お鍋でいい?」

シヴァのあとに笑いながらついてゆく子供たち。


 ディノッソはそれを見て笑いながら、暖炉の火を大きくする。


「よし、料理を出そう」

【収納】から作ってきた料理を取り出す。


「む……」

「お? カレーか!」

アッシュとディノッソがすぐに反応する。


 カレー、こっちにないけど俺が何度か振る舞ってるから、匂いを覚えたみたい。カレーの匂いは強いし、間違えようがない匂いだし――カレー粉入れた衣の揚げ物だして、ちょっとがっかりされたことあるけど。


 カレー味の何かも美味しいけど、まずはカレーを思う存分食べたいらしい。


「リクエストもらってたからね」

ディノッソたちが出かける前、帰ってくる日の夕食を用意すると言ったらカレーが食べたいと言われた。


 なので本日はカツカレー。


 ゆで卵とチーズ、小エビ、ブロッコリーのサラダ。らっきょう。


 ラッシーはどうしようかな? 作ってきたけど、執事が食後にお茶を淹れてくれるならいらない? いや、お茶はシュークリーム用か。こっち、生水は怖いしやっぱりラッシーもだしとこう。


「ジーン、ビール……」

こそっとディノッソが希望を伝えてくる。


 ラッシーからディノッソとシヴァはビール、執事はワインに変更。俺とアッシュ、子供たちはラッシー。


 子供たちはバク以外は少し甘め、シヴァは辛め。他は中辛くらい? 


 子供たちが水を汲んで戻ってきて、また賑やかに。3人で運んできた水を張った鍋をディノッソが暖炉にかけ、全員食卓につく。


「改めてお帰りなさい」

「ただいま」


 俺とディノッソのやり取りを始まりに、みんながそれぞれの言葉でただいまとお帰りを口にする。


 で、すぐにいただきます。


「は〜。美味い! 家から離れることの何が困るかって、やっぱり食事だな。シヴァの料理は美味いが、どうしても外じゃ素材の味に近くなる」

ディノッソがカツを食べカレーを食べて、ビールを飲んでしみじみしてる。


「私もげんちちょうたつしたのよ?」

ティナが自慢げに言う。


 現地調達かな? ちょっとイントネーションがたどたどしい。


「お姉ちゃん、ドンってしてすごかった!」

「僕も頑張ったけど、あの大きいのは無理だった」

エンとバク。


「へえ、すごかったんだね」

何を狩ったの? 


 現地調達って、何か動物の肉か魔物肉かだよね? きゃっきゃと喜ぶ子供たちに向けた笑顔のまま、ディノッソを見る。


「2本ツノの灰色クマ」

ディノッソが食いながら言う。


「クマ……」

「灰色クマの2本ツノ……なかなかの大物でございますな」

執事が言う。


 大物? お世辞? どっちだ? 


 俺も多分倒したことあるんだけど、『斬全剣』とか魔法とか、規格外な自覚があるんで基準にできない。


「すごいではないか」

アッシュがカレーを掬う手を止めて、子供たちを見る。


 なるほど、すごいんだ。


「ふふ」

アッシュの言葉にティナが照れている。


「食べ終わったら、持って帰ってきた物見てね? お土産に好きなの持ってって!」

「色々持ち帰ってきたよ!」

「きっと珍しいと思う!」


 どうやら子供たちからお土産があるらしい。


「うむ。食べ終えたら拝見しよう」

そう言ってラッシーを飲むアッシュ。


 アッシュはカレーの辛さに赤くなりつつ、ラッシーで誤魔化しながらカレーを食べている。それでも甘いやつより中辛がいいらしい。


 確かに甘いカレーは別物な気はするよね。

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