第18話 精霊解除

 とりあえず飯を食ってから。本日は大きなパンをスライスしたものに肉を追加したボロネーゼっぽいのを掛けたもの。


 ふと見たら、店員さんと客がびくびくしている。アッシュか、アッシュの怖い顔か。しょうがないので笑顔を振りまく俺。


 なんかやたらパンが下に敷いてあるメニューが多いのが不思議だったのだが、ちょっと前まで皿がなく、パンが皿替わりだったらしい。最近はちゃんと皿に盛られる形になったけど、まだ名残が残っているんだろうとアッシュが教えてくれた。



「変わっているな」

「以前は道だったから、間違えて二頭立ての馬車が入ってこないようにらしいぞ」

借家に行く路地の入り口に簡単な鉄の格子戸があって、ぞんざいな感じに行き止まりの看板がかかっている。


 俺の家までの距離は家一軒分、徒歩なら目視ですぐ行き止まりだってわかる。馬の後方にいる御者が曲がった先を見た時には進んでしまっているので、その前に知らせるためにかな? 簡単に後退できないだろうし。


 路地の左右の家が草木を壁に飾り、道の端にも植木鉢が置かれている。俺も家の前に大きな鉢をいくつか置いている。そのままにしとくと、俺の家の前まで二軒の鉢で埋まってしまいそうだったので領土の主張をですね……。


「趣味がいい」

褒められてちょっと嬉しい。扉も変えたし、隙間だらけだった床と壁も補修した。外見は扉と窓以外は変えていないけど中身は別物だ。


「えーと、湯はどうする? 台所になるけど」

宿だと湯は別料金で桶に入れて渡してくれるらしい。


こっちで風呂を使う予定がないので用意は何もないが、洗い物用のでかいたらいがある。使ったことないから風呂に流用しても平気だろう。


 風呂屋もあるんだけど、蒸し風呂だ。パンを焼いた窯の熱を利用してるんだろうか、パン屋とくっついてる。散髪屋やマッサージ屋もついてて結構にぎわってるけど、春をひさぐ女性までついててちょっと俺は遠慮したい。見た感じ衛生的にも不安になって回れ右した実績がある。


 川のそばの町には湯船に入れるタイプもあったけど、やっぱり衛生面がこう……。特に【鑑定】で梅毒と出た後はもう寄り付きもしない俺だ。自分も行きたくないけど人を誘うこともしたくない。


 そういうわけで、町の風呂屋に誘わなかったのは決してアッシュは男湯と女湯どっちだ? とか迷ったせいではない。


 だが、お互い狼を担いだので野生な匂いがついている。鼻が慣れてきてるけど、ちょっとこのままではいたくない。


「頼めるだろうか?」

「じゃあその辺の椅子にかけて待っててくれ」

一階は作業場だが、調薬だけなので場所をとらない。空いた場所にはソファと机を置いている。


 中庭から水を汲んできて台所で湯を沸かす。そっと家に転移してタオルやらシーツ、紅茶を持ってくる。あと足らないのはなんだ? ああ、暖炉にも火を入れないと寒いか。


 一階の暖炉はアッシュに任せ、二階の暖炉に火を入れる。直したというか作り直した時に、一度使っているので暖炉は問題なし。


沸いた湯を盥に移して、脇に調整用の水の入った桶を用意して完了。


「どうぞ、トイレはそこの扉だ。俺は上にいるから」

「ああ、感謝する」

なお、トイレも台所の隅にダイレクトに置かれていたのを壁で区切った。


 なんでよりによって台所なんだよ、と思ったが道の下を下水が走っているようで、台所の排水と同じところに流れ込む仕組みらしい。壁をつけたおかげで台所が狭い。


 トイレやら風呂やら地球からの召喚勇者がんばれよこら! と言いたいところだが、前回勇者を招いたのは三百年近く前だそうなので。俺と同じ時代の人じゃないだろうしね。生活改革は姉と姉の友人に期待しよう。がんばれ国家権力!


 しばらく様子をうかがって特に声もかからないので、家に【転移】して大急ぎで手足と顔を洗って着替える。まだ匂う気がするけど仕方ない、後でゆっくり風呂に入ろう。


 お盆にティーセット一式とクッキー。正直、外から見られるかもしれない一階はそこそこ手を入れているが、他は内装を終えて放っておいた。かろうじて二階にベッド、机と椅子を作って入れたくらい。


 とりあえず二階は来客用のふりして三階に住んでいることにしよう。何もないけど。


「さて、では始めようか」

「すまない。よろしく頼む」

ベッドに座ったアッシュと向き合って、俺は椅子に座っている状態。


 手を伸ばして青い小鳥に触れる。触ってもアッシュの耳の上あたりをつつくのをやめない。小鳥も自分で止められないっぽいなこれ。


 書いてあるっぽいリボンのような光の首輪をどうにかできればいい気がするがどうしたらいいんだろうな。


 ――などと考えながら、ぴっと指で弾いたら千切れたわけだが。


「うぐっ」

「あ、すまん」

予想外だったんで声をかけそこねた。


 倒れてきた上体を受け止めてベッドに寝かせる。胸が当たったんだが、胸板ですね、ちっともドキドキしない。風呂上がりの女性のはずなんだが。……あの女騎士に担がれてるだけで、やっぱり男なんじゃないだろうか。


 アッシュに布団をかけていると、小鳥が俺の肩に乗ってきた。首を伸ばしてつつきまくっていた時は、体が伸びていたせいか羽根がまばらに見えたが、今はちんまりと丸い。


「拘束された復讐はこの人には止めろよ? お疲れさん、お前もゆっくり休め」

他の奴らへのは止めないがな。


すくいとってアッシュの枕元に移動させると、ちょっと身震いするように位置を直して小鳥も目を閉じた。


さて、風呂だ! 家に戻るとリシュがくんくんと匂いを嗅いでくる。やっぱりまだ匂うか。


 熱めの湯にゆっくり入って牛乳を飲んだら、ソファに寝転がり腹に乗せたリシュをなで、だらだらする。


 一応、今後誰かに見られても大丈夫なように三階を整えて。薪は薪置場を作ってある程度置いておいて。食器と鍋類も置いて。ああ、部屋のドアにカギ付ければいいか。


 いろいろやることを思い浮かべる。家の間取りやインテリアを考えるのは楽しいんだけど、ちょっとあちこち手を出しすぎてまとまってないな。


 アッシュがいつ起きるかわからないのが辛いところ。とりあえずしばらくあっちの家に住み込んでみるか。


 明日はバスタブ買いに行こう。

 

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