第289話 感謝

「お前……。増えてんじゃねぇかよ!」

ディノッソが帰ってきて開口一番。


 部屋には座布団を始め、神殿から来た光の精霊が詰まっている。


「ガイドさんに案内されて、団体さんが来ました」

俺が呼んだわけじゃないです。全ては光の玉の眷属だったせいで、俺の家にたどり着けなかったという不幸な事故です。


 ミシュトとハラルファが連れて来た、昨日の脱走分の精霊と、個別行動をお願いした光の精霊が部屋で入り混じって、なかなかな光景。光の精霊っていっても色々いるんだなーって。


 純粋な光の精霊だけでなく、混じってるのも多い。ちょっと闇混じりの月光の精霊は綺麗だ。


 ディーンとクリスが怪訝な顔で、部屋を見回している。カーンは俺が原因みたいな顔で見てくるのはやめてください。


「言ってる意味が分かんねぇ――ノート?」

「範囲外です」

「いい笑顔で即答してんじゃねぇよ、何があったんだよ」

頭を抱えるディノッソ。


「増えてるって、もしかして神殿でついて来たっていう、光の精霊か? なんか部屋が明るく感じられるのはそのせいか?」

見えないなりに、光の精霊に満たされた部屋の変化を感じているらしいディーン。


「清浄な空間にいるようだよ! 娼館よりも清々しい」

いや、クリス? 娼館って清々しいの? そういえば客が変わるたび、ファブリック一切合切取り替える、こっちの世界では破格の清潔空間なんだっけ? ……清々しいの?


「先ほど、ミシュトとハラルファという、美しい二神の訪れがあった」

さらりとアッシュが言う。


 棒でも飲み込んだような顔で、なぜかカーンを見るディノッソ。それに気づいたカーンがディノッソを見て片眉を上げる。だが無言ですぐに顔をそらす。


「ハラルファってあれか、美の女神!」

釣れるディーン。


「どちらも女性たちがこぞって信奉する女神だね。――実物ならばむしろ男性に信奉されそうだけれど」

隣でクリスが言う。


「え、ちょっと待って。神クラスが二人も来たの?」

二人の会話に、思考が再開したらしいディノッソ。


「うむ」

アッシュが頷く。


 確認のためか、執事を見るディノッソ。


「範囲外でございます」

ゆっくり顔を振る執事に、座り込むディノッソ。


「まあ、そういうこともある」

「ねーよ!!!」

ばっと顔を上げて短く叫ぶディノッソ。


「ところでレッツェは?」

「流さないで!?」


 しばらくディノッソが落ち着かず、執事はいい笑顔のままだった。


「レッツェはあちこち顔出し。夕飯までには戻るって」

ディーンが教えてくれる。


「マメだなぁ」

「俺とクリスも顔は売れてるほうだけどよ、に顔が利くのはレッツェだな」

「彼は銀に上がったら、仕事はセーブするって前々から言ってたんだけどね」

眉を八の字に、困ったように笑うクリス。


「あんま心配かけんじゃねぇぞ」

ディーンが俺の首に片手を回し、もう片手で頭をがしがしとしてくる。


 そういえば借家に入る前、銀ランクにあがったから奥さんもらってって話してたような? 


「レッツェは面倒見がいい」

アッシュが言う。


 どうやら心配をされている様子。


「心配かけないように頑張る」

「素直!? 俺の心労も斟酌して!?」

涙目のディノッソがうるさい。そういうところがちょっとおかしくて、ちょっとうれしい。


「レッツェと、ここにいるみんなに感謝してるよ。少し前まで、人のそばに長くいたいと思ってなかったし」

人とわいわいやるのは楽しかった。でも、どこかで長く続かないと思ってたので、カヌムに帰るようになった自分に少々びっくりしている。


「……お前」

ディノッソが呟いて黙る。ちょっと微妙に照れ臭い空間が発生――


「とりあえず光の精霊をしまえ」

しなかった。


「ひどい。たまにはダイレクトに感謝を伝えようとしたのに」

「伝わってる、伝わってる。いいからしまえ」

ディノッソにほれほれと急き立てられて、光の精霊に名付けて散らせる俺。


「おい、その尻の下のでかいのはどうするつもりだ? というか精霊潰すなよ。それとも捕まえてんのか?」

「座布団は座布団としてカヌムに連れてこうかと思ってる」

座り心地がいいというか無重力というか、快適。


「ん? 座布団……?」

「神子についていた精霊でございます」

座布団にひっかかりを覚えたらしいディノッソに執事が答える。


「ジーン、君は欠損も治せるほどの大精霊を尻に敷いているのかい!?」

クリスが大げさに驚く。


「座布団だからな」

「扱いがおかしいよ!」

いやだって座布団だし。ただの光に見えてるの不便だな。


「お前、さっき心配かけないって言ったろうが」

「大丈夫、他の精霊にも人前には出ないよう改めて言い聞かせるから。あ、神々は無理なので」

実際、カヌムの家には来られないようにしてるし。


「神々が突然現れるのが一番困るのですが……」

執事が微妙な顔で微笑んでるけど、無理です。

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