第288話 顔出しOK?
ベンチに広がっていた座布団が、半身を起こして角を振ってくる。
「なんでここが……」
「先ほど付いて来た精霊――いや、大きいようだな」
アッシュが眉間にしわを寄せながら言う。また怖い顔になってるのだが、もしかして精霊をよく見ようと、目を眇めてるのか?
「もしや……」
「座布団ですね」
執事が言い当てる前に、正体を言う俺。
「なんでいるんだろう?」
「すでに契約済なのでは?」
アッシュが言う。
「いや、そんなはずは」
ない、と言いかけたところで、座布団が俺の後ろに飛んできて膝カックンされて、座布団の上に座らさられる。
呆気にとられるアッシュと執事。俺もびっくりしてます。
「ジーン、こんにちは〜」
「最近は家にいないようじゃのう」
「ミシュト、ハラルファ」
なんでいるんですか?
「家には早朝だけ戻ってた」
アッシュと執事が固まってる気配がするけど、俺のせいじゃないです。
「昨日から、光の精霊が惑うておっての。頼られて見れば、ナミナの眷属ばかり。何があったかと思えば、お主がナミナの神殿を訪れたのだな?」
面白そうに笑って言うハラルファ。
「【縁切】のおかげで、ジーンをうまく認識できなかったのね。あの子達、自分たちが飛び出して来た理由も曖昧になってたの」
昨日はまだ神殿に行ってない、行ってないよ! 思わず座布団に目をやる。角がぴくぴくしてますね、お前が犯人か!
「今は我らが預かっておる。家に戻ったら、連れてゆくので【解放】を」
「そのまま眷属を奪うより、ジーンに【解放】してもらってからの方がいいもの」
そう言って微笑むミシュト。
あれ、もしかしてまだいるの神殿脱走組。
「【解放】するのはいいんですが、あんまりひと所から奪うと問題がでませんか?」
「人の世には出るかも知れぬが、我らには関わりなきこと」
ハラルファが答えながら、俺の尻の下にいる座布団を興味深げに眺めている。
座布団がちょっと角をあげて、興味を示したので降りて送り出す。どうやら座布団はハラルファの眷属になるようだ。
「大丈夫、場所が気に入っているなら戻るもの。でも、ナミナの信徒は、頼みごとをする時に、精霊が満足する対価を用意することになるかしら?」
口の前に人差し指を立てて、首をかしげるミシュト。
「なら問題ないな」
「大多数がジーンの元にいることを選ぶと思うがの」
座布団の上に上半身を乗せて、空中に寝そべるハラルファ。
「大丈夫よ、だって結界内にさえ入りきらないもの。契約さえしてしまえば、ジーンと繋がってそばに感じられるし、それで満足するわ」
「過密すぎて小さいのは、統合されて大きくなったものもおるしのう」
意味深に執事に視線を送るハラルファ。
「ふふ、この人の写しなのね」
執事を見て、ミシュトが柔らかく笑う。
「いつか我らと同じほど力をつけるであろうな」
「カダルに叱られる前に帰るわ。頑張ってね、ジーン」
そう言い残して消える二人。
座布団が俺の尻に戻って来た。
「ジーン……様……?」
「ジーン、あの二方は?」
アッシュの声が硬いが、執事は体も固そう。軋む音が聞こえそうなくらい、不自然な感じで俺の方に顔を向けた。
「俺が守護を受けている、ハラルファとミシュトだ。司るのは光と愛と美、光と風、恋と気まぐれだな」
「そうでございますか」
なるべく淡々と答えたら、執事が笑顔で返して来た。答えて、笑顔のまま動かないので、多分思考は放棄されている。
「ノート、お茶を淹れてくれるか?」
「はい、ただいま」
アッシュが声をかけると、執事がロボットのようなぎこちない動きで、暖炉に火を入れ始める。
「ジーン、ベンチに座らないか?」
「ああ」
俺も少し落ち着く必要があるようだ。
アッシュはいつも落ち着いてるな、ちょっと羨ましい。ベンチに並んで座って、お茶を待つ。思考が停止しているっぽいのに、執事の動作には無駄がない。さすが執事。
「精霊は美しい」
膝の上に肘を付いて、顎のあたりで手を組んでいるアッシュ。珍しくこちらを見ない。
「ん? うん」
ミシュトはふわふわと可愛らしいし、ハラルファは出るところでて引っ込むところ引っ込んだ美人だ。そして光の精霊なせいか、どちらも清浄な感じがする。
「ジーンも美しい」
「ありがとう?」
ここでアッシュも綺麗だとか言えればいいんだろうけど、何せ怖いお顔。せめて気を抜いている時の顔でお願いします。言葉にするには、ただでさえハードルが高いので。
クリスを頑張ってお手本にするべき?
「美しいが、ジーンがあちらの世界に行ってしまいそうで、とても不安になる」
アッシュから出た言葉は、ちょっと予想外だった。一応人間なんですが……、いや、この体は怪しいのか?
「俺は人間だよ。それに、こっちの世界には美味しいものがたくさんある。みんなもいるし、アッシュもいるし」
とりあえず勇者が人間扱いなんだから、俺も人間だろう。宣言した者勝ちだ。
神殿で別れた光の精霊たちが、壁を透過して次々に寄ってくる。
うん、いいタイミングでなかなか雰囲気のある効果だけど、執事が茶葉をカップの方に入れてるからね?
ディノッソたちが戻る前に、なんとかしておかないと……っ!
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