第517話 判定を丸投げ予定

「なに、ちょっと名前を呼ぶだけで済むことだ。手間はかけさせぬ」

イルカがぐいぐいくる。ポセイドン部分は両こぶし握って小さくガッツポーズ。やめてください、応援されても頑張りません。


 手間はないかもしれないけど、魔力は持ってかれるんですよ! ウフと契約して、魔石で回復したけど全快とはいってないし、深海に潜ってる間に細々魔力を消費してたんですよ! 自然回復もしてたけどね!


「セイカイ様、ここはお色気で何とかしないと」

カメが余計な事を言ったせいで、ポセイドン部分がなんか体をひねり始めた。


 いや、あの。バチカン美術館にあるラオコーンみたいですよ……。


「素晴らしい! 彫像にして神殿に奉納したいほどだよ!」

クリスの大惨事、じゃない大賛辞。


 照れるな、ポセイドン!


『うふ』

こういうのがいいの? みたいに首をかしげるウフ。


「ほれ、ほれ」

「あ。ちょっと、ぐいぐい来ないで」


 ちょっと遠い目をしてたら、イルカの鼻面でぐいぐいされる俺。


「この海域では魚も宙に浮くんだねぇ……」

クリスが変なところに感心してるけど、このイルカも精霊部分です。喋ってるだろ!


 あと、浮かんでるけど、海から海水が噴きあがってイルカの腹にぶつかっているので、厳密には海に浮かんでる扱いなのかもしれない。


「わかった、わかったからせめて地に足つけるまで待て」

海の上もカメの上も嫌だ。


 そういうわけで移動。


 カメとそれに乗った俺とクリス、ウフ、ついてくるセイカイ。はたから見たらシュールだろうなこれ。


 海の神セイカイ。海の神といいつつ、たぶん影響があるのはナルアディードやエスが臨む内海とメールの地の周辺域。信仰している人間たちの海での活動範囲が重なるんだと思う。


 ウフの方が強大な精霊かな? でもセイカイは代わりに信仰されているこの海域ではとても強い。


 あとセイカイという名前もほとんど精霊としての存在に完全に固定されていて、変更するには俺の方も膨大な魔力と強い意志がいる。そしてたぶん、他の名前にしたら、セイカイはすごく弱ると思う。


 神と呼ばれる信仰されてる精霊は、人間のイメージというか想いで強化されてるところがあるから、名前を変えると別物になっちゃう。だから新しい名前を付けるんじゃなくって、同じ名前で上書きというか、精霊が契約を受け入れている状態で名前を呼ぶことになる。


 魔力に任せて新しい名をつけることも、古い名のまま無理やり契約することもできるけど、まあ積極的にやる意味がない。ユキヒョウの友達の馬とは無理やり契約したけどね。ほぼ黒精霊だったしノーカンで。


 まあ、そういうわけで。


「『セイカイ』」


 カメに降ろされた岩の上、海に浮かぶセイカイと向き合い、名を呼ぶ。


 途端に波が激しくなる、遠くの海面が膨らんだように見え、岩に打ち付けられて割れる白い波。内海がこんなに波立つのは珍しい。


 そしてごっそり持っていかれる魔力。倒れるほどではないんだけど、一気に減ると怠い。なんというか、起きる時に起きるつもりの1時間前に起こされたような怠さ。そして本日二回目。


 もう帰るだけだからいいんだけど。クリスをカヌムに送ったら、まだ陽があるけどちょっと寝よう。


「うむ。契約は成った! 中央の精霊王が海にいる時、我と我が眷属たちは最大限の手助けを」

そう言ってセイカイは海に消え――


「若者よ、これを授けよう」

る、前にクリスになんか投げて来た。


 いや、投げたんじゃなくってイルカのトスだな? フグ爆弾じゃないよね? 両手で受け止めたものの、勢いを殺しきれずに胸に手のひらごとぶつけて、ごふっとなってるクリス。


「……真珠かい?」

首をひねるクリスの手には、野球ボールくらいの七色の光沢を持つ玉。


「『潮涸珠しおふるたま』だ。届かぬ海の底に何か落とした時などに使うがよい」

厳かになんかしょうもない使い方の例を告げたイルカと、いい笑顔でサムズアップしているポセイドンが海に沈んでいく。


「ありがとう! 海に来ることはめったにないけれど、うっかり何かを落とした時に使わせてもらうよ!」


 クリス、それ名前からして海水が引いて海底露出する気がするんだけど、大丈夫? 俺の【言語】さんが『潮涸珠』って言ってるってことは、『潮満珠しおみつたま』とセットのあれと同じ効果だと思うけど。潮の干満を司る片割れで、潮を引かせる的な……。


 まあいいか、規模が小さい感じかもしれないし。球形じゃなくって、円筒形三段重ねた蛇がとぐろを巻いてるみたいな形というか、鏡餅みたいなのもあるし――日本での話だけど――色々あるんだろう、たぶん。


「はー。良かったですねぇ、前に鎧を海に落として泣いてた人いましたからね」

「愛着があるものを手放さなくてはならないのは辛いね。その人は見つけられたのかい?」

「いいえ。私も普通なら行けない・・・・・・・・ような、一番深いところに落ちましたから」


 一番深いところってかりんとう饅頭の穴だよね? クリスがかりんとう饅頭からもらった精霊金、今俺の【収納】に入ってるんだよね、金って重いから預かってて。


 伝説の精霊金の鎧の成れの果てだって、カメは分かってて言ってない?


「海の底で鎧は見かけなかったね? あそこよりもっと深い場所があるなんて、海は浪漫だね!」


 まだ鎧を探しているようなら知らせてくれと、人のいいことをクリスが告げてカメと分かれる。


『うふ』

ウフが最後に大気に溶けて、俺たちもカヌムに【転移】。


 クリスが持ち帰ったモノの判定はハウロンにまかせて俺は寝る、俺は寝るぞ!














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