第516話 お土産刈り
カメの腰蓑みたいなものがぼわっと広がって、浮上が始まる。
「は〜。普通はいきなり上がると色々出ちゃうんですがね、今回は大丈夫ですね」
待って。
大丈夫じゃなかったことがあるの? 水圧の問題があるのはわかるけど、言い方が不穏じゃないか?
「大丈夫、私は気持ち悪くなっても吐けないタイプだよ。カメ君の上に吐いたりしないさ!」
クリスが明るく言う。
深海からいきなり浮上すると、もっとエグいものが出るんですよ、クリス!
「あ、途中でお土産に海綿採っていきますか? 陸の人間に人気ですよね。時々
「ああ! もしかしてスポンジかい? 素晴らしく高いって聞くよ」
微妙に不穏なカメと明るく会話するクリス。良かった、クリスがいて。ウフはしゃべれないし、この暗い海でこのカメと二人だったらどう対応していいかわからない。
こちらの世界のスポンジは、海底にくっついた体中に孔のあいた生き物で、モクヨクカイメンとかユアミカイメンとか呼ばれるものだ。まんま
せっかくあったお風呂の文化、衛生観念がアレなせいで共同浴場が軒並み病原菌の温床になって廃れちゃってたけど。
でも
スポンジは元々高いんだけど、風呂の復活のお陰でまた値上がっている。海綿を採るためには、錘をつけて三十メートルくらい素潜りするのが基本だって言うから、高いのも仕方がない。
空や風の精霊憑きの人を雇って、俺がやってるみたいに人に空気を纏わせて潜らせる商売もあるみたいだけど、結構な頻度で事故ってるって。聞いた感じ潜水病っぽかったけど。
「スポンジは俺も少し欲しいな」
うちの島の潔癖症の医者が麻酔に使うとかなんとか言ってたんで、あるに越したことはない。アヘンやヒヨスやマンドラゴラに浸した海綿で眠らせるんだって。なお、この世界にはマンドラゴラがある模様。
そういうわけで途中、ちゃんと海の中が見えるくらい明るい深さのところで海綿刈り。
「わはははは! むにってするむにって! ご主人、オレこの感触嫌ーーーー!」
海綿を石突でつついたら、泣き笑いで告げてくるエクス棒。
声に驚いたのか、
「海底を歩くなんて、思ってもみなかった。カヌムのみんなに自慢できるよ!」
クリスが手を腰に、笑顔で辺りを見回す。
さすがにカメに乗ったまま海綿刈りは無茶な体勢すぎるから、クリスも空気のぽよんぽよんで包んでもらった。光の届く海底はなかなかいい感じ、空と海との境界が見えているのと見えていないのでは心持ちがだいぶ違う。
海綿が群生してるんで、茶褐色と生えてないとこの白が基本風景だけど、代わりに小さな魚がカラフル。
でも、そろそろ外が恋しいんで、採るもの採ったらさっさと陸に上がりたいのも本音。手早に海綿を採取して、クリスの分も合わせて【収納】へ。
これどうやって加工するのかな? ゴミとか余計なものを取って干すだけとかでいいんだろうか。帰ったらレッツェかハウロンに聞こう。
荒らさない程度に海綿を採取して、浮上。海に浮かぶカメの背上で、なんとなく伸びをして大きく息を吐く。
『うふ!』
ウフも海の中より外の方がいいのか、俺と同じように伸びをした。ウフの服の裾が伸びて先が大気に溶ける。
そしてカメの前の海が盛り上がる。
「なんだい、あれは?」
クリスが驚いて警戒する。
俺もカメも騒がないんで、クリスもぎりぎり剣に手をかけていない感じ。驚きと戸惑いが混ざった顔でこっちを見てくる。
「多分、旱魃の原因の精霊の対処を頼んできたセイカイかな?」
俺が返事をする途中で、盛り上がった海面がセイカイを残して元に戻った。
「中央の精霊王よ、礼を言う。おかげで腹具合が良くなった」
髭のポセイドン部分は満面の笑みで、イルカ部分が告げる。
「結局、陸に引き上げるんじゃなくって、本人の希望で地底に行ってもらったけど良かったか?」
最初のセイカイの頼みは、かりんとう饅頭を海から引き上げる方向だった。
「うむ。すこぶる快調だ」
頷くポセイドンとイルカ部分。腹具合って言った後に、快調とか言うのやめてください。便通に聞こえる。
「……なら良かった」
これで旱魃も止まるといいんだけど。
熱波の精霊は熱の精霊になったり、暖かな空気の精霊になったりと徐々にその性質を変えていくはずだけど、持つかな?
これから大気が落ち着いたところで、作付けをして、収穫できるのはさらに先。メール小麦が流通するから大丈夫だとは思うけど。
「うむ。先の約束の船の守りのほか、何か礼をしよう。そうだな、我が名をやろう」
良いこと思いついた、みたいにイルカのしっぽがぱしゃんと跳ねる。
「貰っても困る」
思わず即答。
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