第333話 鍋一式
さて、本日はハウロン休憩日。
昨日で実践魔法について知りたいことは知った気がするけど、他にも色々聞いてみたい。きっとファンタジーな感じのエピソードが出てくるんじゃないかと予想、お願いしたら明日ならってことに。
執事に「ハウロン殿に休息を差し上げてください」とやんわり言われ、反省した。ご老体なのに二日続けて森に付き合ってもらってしまったし、飲ませてしまったし。
そう言うわけで、本日は北の大地に家具の進捗を見に来た。黒鉄の竪穴に行くには先ず、複雑な谷を通って、複雑な横穴を通って行く。
一度来たことがあるので、谷の方は【転移】でショートカット。横穴はガムリに貰った、ナビをしてくれる石が指す方向に歩いて行くだけ。濃い灰色の滑らかな石は、表面に白く矢印が描かれ、その矢印が動く。
方位磁石みたいな何かなのだが、指し示す先は方角ではなく正しい道だ。横穴に入るべき時は横穴の方を指すし、そのまま真っ直ぐの時は矢印も真っ直ぐだ。石を見て進むのはちょっと楽しい。
「お邪魔する」
挨拶しながら通路を抜ける。見知らぬ地の民が胡乱げにこちらを見るが、俺が手に持つ石を見ると何も言わずに引っ込む。
坑道と天然の洞窟を行き来がしやすいよう通路でつないである、人工部分は地の民より背の高い俺には天井がちょっと低い。天然洞窟に出ると、上が見えないくらい高かったり、広かったりと中々変化に富む通路だ。
その通路に不規則に穴蔵のような住居がある。黒鉄の縦穴は鉄がたくさん採れるため、剣やロートアイアン家具――真っ黒なアイアンの格子や、階段の手すり、門扉なんか――とか、飾り鋲などを作っている。
外はものすごく寒いが、中は工房を始めとしてがんがんに火が熾っているので、穴の中は下に行くほど暖かい。
「おー! 島のソレイユ! 我が兄弟!!」
相変わらず暑苦しいガムリとその仲間たちが俺の背中を叩きまくる。
「これ土産。どんな感じだ?」
食料庫から持ち出した大量のブランデーと、俺が作ったアクアビットというジャガイモの蒸留酒。アクアビットは北欧の酒だ。
ディルを中心に、コリアンダー、アニス、柑橘類で香りづけ、辛口だけどフルーティでまろやか。前回、北の大地に来た時になんとなく思い出して作った酒だったりする。【全料理】便利。
オークの樽に詰めたところでカダルが興味を示して、あっという間にこう、ね? 魚料理と最高に相性のいい酒に仕上がったんだけど、度数も高くって今のところカダル以外にふるまっていない。それを一本。
「おお、酒か! 礼を言うぞ、兄弟! 扉の飾りはほぼ出来た。家具の方は木工連中がまだ手を入れておるぞ。女神の巨木が加工できんのは残念だが、地の民で木工の腕では一、二を争う者が中心に動いている。だが、鉄なら俺が一番だ」
主張も忘れないガムリ。
そしてガムリが話している間に、ブランデーの樽は「酒だ、酒だ」と口々に言い合う地の民の手をバケツリレーのように渡り、机に据えられる。
ぱかっと樽の上を割って、柄杓が突っ込まれ、カップにどんどん注がれる。
あれよあれよと言う間に、今度は酒のなみなみと注がれたカップがそれぞれの手に渡る。俺の手にも流れるように収められた。
「よし、何はともあれ駆けつけ一杯! 女神の巨木に! 美しい塔の持ち主であるソレイユに! 我ら黒鉄の縦穴の職人に! 乾杯!」
「乾杯!」
ガムリが杯を掲げると、他の大勢が唱和。大きな声が響くと、一斉に杯を大きく傾け、喉を鳴らす音。
「おお! いい酒じゃ!」
「香りがいいぞ!」
「強さもよい!」
そしてすぐに騒がしくなる。地の民は騒がしいか、気難しく黙っているかのどっちかな印象。仲間内では明るいのかな? 普通の会話が怒鳴りあいみたいなところもあるし、特に酒が入ると
慣れると愉快な酒のみの集団だってわかるので、嫌ではない。自分の気分も持ち上げられてテンションが上がるし。
「島のソレイユ! 頼まれておった鍋が出来ておる」
伝説の職人集団に鍋一式を頼んだのは俺です。中華鍋とか寸胴とか、暖炉用の鍋とか。
「おお、ありがとう!」
「なあに、こっちは暇なやつの手慰みだ。硫黄谷のモリクのヤツが、蒸留機がそろそろ出来上がると言っていたぞ。ヤツはいつも仕事が遅いのに、旨い酒がかかっておると早くて笑ってしまうわ」
そう言ってワッハッハッと笑うガムリ。
前回は作業工程を見せてもらえたが、今回はダメ。あと半月ほどで揃うから、楽しみにしろとのこと。技術の秘匿半分、完成品で驚かせたい半分かな?
大体の形とデザインの方向性を確認させてくれた、荒削りな前回の時点でもすごく良かったので楽しみだ。
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