第496話 セイカイ

 なんか契約を交わしたところで、知らない精霊が出てきたのは初めてのパターンなんだが、ソレイユがいろいろ書き加えた契約書だからだろうか。


 ナルアディードで商売の神様と一緒に信仰されてる海の神様だよね? イルカに乗ってる上半身裸というか腰巻きいっちょのムキムキ髭の男。トレヴィの泉の中央にある彫刻に似てる。あれも海神ポセイドンだったなそういえば。


 面倒ごとの匂いがするから、今から執事版の契約書に変えちゃダメ? もう出てるからダメか。


「ようやく対面が叶ったな、中央の精霊王よ」


 しかも消えない!

 しかもイルカの方が喋る!

 しかも精霊王がいる!


「船長、精霊王だったの!?」

ただの茶色じゃなかった。


 中央のってつくってことは上とか下とか、右とか左とか、東西南北とか……何人かいるのかな?


「そんなわけあるか! 俺は普通の、知り合いの精霊は2、3いるがそれだけ! ちょっと変わってるかもしれんが立派な海の男だ!」

「自覚がないタイプ!?」

ツッコミどころと情報量が多い猫船長、いや、見た目からして只者じゃないと思ってたというか、猫だけど。


 そしてやっぱりセイカイの声は聞こえているようだ。


「だいたい精霊王というのは、神クラスの精霊を複数生み出し、眷属としている精霊のことで――」

猫船長が言いつのる。


「ん?」

ポセイドン部分がなんかつついてくる。


 俺が見上げると、俺の肩を軽く2回叩いて頷く。


「中央の精霊王よ、ようやく対面が叶ったな?」

そしてイルカ部分が俺に向かって言う。


「俺のこと!?」

「自覚がないタイプか!」

猫船長に同じことを返された。


「いや待て、俺人間……」

のような気がします! 


「人間か精霊かは関係がない。強大な精霊や眷属を多く従えているかいないかだ」

イルカが言う。


「う……」

それはちょっと心当たりがあります。エスとか黒山ちゃんとか、こう、最近立て続けに。


「中央の精霊王よ、頼みがある」

「何ですか? 契約なら間に合ってます」

海の神なんかと契約したらごっそり魔力が持ってかれそうなんで、もう少し俺が育ってからにしてください。


「……」

無言の猫船長の視線が痛い。


「我が体内に、火の時代の精霊が目覚め眷属を生み出しておる。その精霊をなだめ、外に連れ出して欲しい。あれがおると腹具合が悪いでな」

頼む相手間違えてないか? そう言うのって勇者の仕事じゃない? って、こっちに来られないように俺が頼んでるんだった。


 体内……しかも腹って海の中、雰囲気からして海底だよね? ナチュラルに俺がいける前提で話すのやめてくれないか? 北の湖に潜った手順でいけるけれども。


 あとなんか腹具合悪い宣言の腹に行くのちょっとヤダ。


「いい加減、陸の精霊たちも困っておるようだ。毎年あの地に抱擁するはずの大気にとけた水の精霊が、ここより西の地に落ちておる」

ちらりとイルカが猫船長たちを見る。


 女性はベッドに寝たままだし、大男は床にぬかずいたままだ。


「なるほど、マリナやタリア、内海の西の方が干上がってるのはそのせいか」

猫船長が眉間というか、鼻に皺を寄せて言う。


「あー。なるほど」

で、外海のさらに西の方は雨降ってるんだ?


「我が腹の中は気に入らぬと見えて、盛んに眷属どもを吐き出しておる。陸にあげてやれば少し落ち着くだろうから、引き上げてやれ。いずれ大人しくなるだろうから、我にとっては少しの間の我慢。だが、その少しの間が保たぬモノたちも多い」


「一応、行ってみるだけ行ってみるけど、どんなのだかわからないから、どうするか約束はしない。それでもいい?」


 ポセイドン部分がまた俺の肩に手をかけて、ゆっくり頷く。どういう精霊なんだろうセイカイ、イルカ部分が喋るの担当で、ポセイドン部分がジェスチャー担当なの?


「かまわぬ」

「あ、この船の内海に出るまでの帰りの航海、守ってくれる?」

「引き受けよう」


 ゆるい約束だけど、話がついた。


「場所については内海に戻ったら、精霊どもを知らせにやろう。では頼むぞ」

そう言ってセイカイが消えた。


「……精霊王と海神セイカイとのやりとりに巻き込まれて、とんでもなく重い契約になっちまったぜ」

しばらくの沈黙ののち、猫船長が契約書を前足で叩く。


「とりあえず内容としてはメール小麦の運搬と、俺のことについて他言無用とかそんなのなんで気楽にお願いします」

「何をどうやったら気楽にできると思うんだ、お前」

半眼の猫船長。


 大男はもう床から起きてもいいと思うんだけど、もしかして寝てる? ちょっと震えてる気がするけど気のせいですよね?


「まあいい。俺は仕事をこなすだけだ。メール小麦はどれほどあるんだ?」

「この船10杯分くらい」

目分量ですが。


「……」

猫船長がなんか香箱を組んで黙った。


「何往復させるつもりだ?」

「いや、一回でいいけど。運んだって実績があれば多少量は誤魔化せるだろうし」

「誤魔化せるか!!! 倍どころじゃないだろうが!!!!」


 猫船長に怒られました。


 信用のおける他の船に声をかけてくれるそうです。セイカイが出ると困るんで、契約は猫船長と船長の間で済ませて、俺は姿を見せない方向で。

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