第497話 茶色と緑色
「少し時間をもらうぞ。大急ぎでやるが、船が直らねえことには出発できないからな」
「はい、はい」
契約書の文面は『無理なく、できるだけ早く』。
期間を入れる欄があるんだけど、俺じゃどれくらいの日数が適正なのか分からないから。
「で? 運んだ量を誤魔化せるって思ってたってことは、他に大量輸送の手段があるんだな?」
猫船長が半眼で聞いてくる。
商談関係の話が済んだ後、改めて聞かれる。商売第一、ソレイユと馬が合いそうだ。他の船長との間の契約にも、メール小麦の荷主について口外しない旨の一文も入れてくれるというし、話が早くて助かる。
この部屋に寝かされている女性も、始めよりもずっと離れた部屋の隅にいる大男も、乗組員は船長が結んだ契約を順守する。これは猫船長と船員とのの契約だそうだ。
契約しておけば、陸に上がって酔っ払って口が軽くなっても平気だからって。船上ではあまり飲まないけど、代わりに陸では正体がなくなるまで浴びるほど飲むんだって。ちなみに、上陸1日目の晩は猫船長の奢りだそう。
「まあね。バレたところでこれをやろう。船員に食わせとくといいぞ」
どさどさと床にレモンを出す。
レモン1個分のビタミンCは約レモン4個分だ。レモンの果汁カウント――20ミリグラムで1個分って表示できるガイドラインがあるようで、丸ごと皮まで食べた場合は4個分あるというネタだ。当然この世界では通じないので言えないけど。
「お前、こんなもんここで食ってたら怪しい以外のナニモノでもないだろうが。もう少しここにあっても怪しまれないもんはないのか?」
文句を言いつつも断らない猫船長。
船員の健康が危ぶまれる状態じゃ断る方が心配になるけど。
「じゃあ、こっち」
生のレモンをしまって、代わりにレモンの砂糖漬けを出す。こっちは生のレモンほど在庫がないので、半分は乾燥オレンジ。どっちもうちの島産。
乾燥オレンジのチョコかけとか、白ワインで煮たレモンピール、リンゴジャムとか色々あるけど、こう、言い訳できないいろんな効果がついてるんで出せません。
「ありがとよ。この分は後で金で払うか、働いて返す」
他の船のやつにもヤバそうなのがいたらやっていいか聞かれて、出所が探られないなら、と了解する。
猫船長、不思議現象についてもドライというか、便利なものは受け入れるタイプっぽい。ちゃっちゃと話が終わり、甲板に出る。
『茶色ってよかったでしょう?』
ふよふよと最初にお勧めを聞いた精霊が近寄ってくる。
『うん』
『いい色だよね、茶色って』
うっとりした感じで言って、茶色いシミのついた帆布に向かってゆく。
茶色ならなんでもいいの!?
いや、きっと茶色の中でもお勧めを教えてくれたはずだ、たぶん。うん、そういうことにしよう。
メール人に頼んで、メール小麦を入れる建物を借りよう。で、そこから猫船長主導で運び出して貰えばいいかなって。
『こんにちは、ちょっとすみません。頼み事があるんだけれど』
町に入って、メール人に話しかける。
『なあに?』
『あの船の修理が終わるまで、小麦を入れる倉庫を貸して欲しいんだ』
『いいよー。ジーンには珍しい花の蜜をもらったし。あそこにいる海の人たちが入るような倉庫でいい?』
『うん。それがありがたい』
帽子も違うし、花の蜜を渡したメール人とは別なメール人だと思うけど、俺が花の蜜を持ってきたことを知っている。やっぱりある程度、意識も共有してるのかな?
メール人に連れられて、最初にメール小麦をもらった建物の方に行く。俺がもらった建物より、町の出入り口に近い場所でどうかと言われる。
『ここの小麦はもうあげちゃったから空いてるの。自由に使っていいよ』
『ありがとう。これは倉庫代にどうぞ』
緑の石をいくつか。
『どういう緑が一番好みかわからなくって。ついでに教えてくれると嬉しい』
緑の宝石といえばエメラルド、この魔石は内包物が多かったり、粒が小さかったり。次に思いついたのはペリドット。こちらはちょっと鶯色がかった感じ?
あとは翡翠。これはオオトカゲのおかげでいっぱいある。緑色岩化した濃い緑色の玄武岩。宝石かそうでないかは問題じゃなくって、透明度が低い方が好きって場合もあるし、混ぜてみた。
次々に出して、メール人に渡す。メール人は、新しい緑色の石を出すたび、隣のメール人に石を渡していく。
『あとこれは石じゃなくってガラスだけど』
濃い緑色のガラス。
『これ、これがいい。これが好き』
そう言ってメール人たちがガラスを乗せた俺の手を覗き込む。
『でもちょっと違う。でもこれが一番近い』
キラキラした目でての中のガラスを見つめる。
ちょっと違う?
『色?』
『うううん。色は濃くても薄くてもいいの。わからないけど、でもちょっと違うの』
なんだろう? 作り手の違いとかなんかかな? 茶色といい緑といい、色について考えさせられてるけど、結論というか答えがでないよ……!
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