第105話 仕込み

 とりあえずディノッソ一家が越してくることが確定したので、宿屋に荷物を取りに行った。馬を売ったり、必要な物を買い込んだりもあるが、布団があるので薪を手配できれば今日にでも移動するそうだ。


 執事が店の案内についてゆくことになり、両家にパンとスープを差し入れる約束をして一旦解散。


 俺は何しようかな。夕食の準備にはまだ早いし、ちょっと中途半端な時間だ。森に行くには天気が悪い。人が増えたし料理の下ごしらえでもしておこうか。


 パン種とパイシート、基本のスープあたりかな。魚の昆布締め……は、まだ出すの早いか。生物は抵抗ありそうだし。肉の麹漬けを作っておこう。


 スープを煮込むのは暖炉にずっと火が入っているせいで簡単なんだけど、コンソメスープは灰汁を延々取らなくてはいけないし、オニオンスープや野菜スープは作っておけば他のスープに応用できる。


 パン種は何種類か作って丸めて発酵させる。クロワッサンの生地とパイ生地はせっせと折って伸ばして、休ませて、またせっせと折って伸ばして層にする。


 台所では狭いので、暖炉のある部屋での作業。


「おう、何作ってるんだ?」

「パンか?」

「パンとお菓子の元だな。今戻りか?」

声をかけてきたディーンとレッツェに答える。


 明かりとりのために、荷馬車用の大きな扉を開け放って作業をしているので外から丸見えなのだ。外といっても路地の奥の家なのでアッシュたちと貸家の面子しか来ないけど。


「クリスはどうした? というか、引っかき傷だらけだな?」

ディーンの顔や腕、むき出しの肌が傷だらけだ。


「レッツェとはギルドで会ったから一緒に戻っただけ。そうそう三人揃っての依頼なんかねぇよ。引っかき傷はプルのせい」

ディーンが袋を差し出して来る。


「俺の方もピオが生えてたからついでに採って来た」

そう言ってレッツェが袋を差し出す。


 何かと思いながら開けたら両方キノコだった。レッツェに渡されたピオはカサが茶色で柄が長い、ディーンに渡された方は白っぽくって香りが強い。


 【鑑定】結果、ピオは柳やポプラなどの木に生えて、しゃっきりとした歯触り。プルはトゲスモモの茂みの下に生えるキノコで、香りが良い。ディーンの引っかき傷はトゲスモモのせいのようだ。


「プルは今日のうちに食わないと香りが飛ぶのか。夕飯になんか作っとくから食いにこいよ」

「やった」

「次はリーユを採って来るよ」

いい笑顔のディーンとレッツェ。


 戻ってゆく二人にクリスも誘えよ、と声をかける。


 リーユもキノコかな? 日本なら山菜採りに夢中な季節だが、こっちの人は季節の変わり目ごとにキノコに夢中になる。味はそうでもない気がするのだが、香りと歯ごたえを楽しむ感じ? いや、季節を楽しんでるのか。


 キノコは三人前より随分多い。アッシュと執事、クリスの分も考えて採って来た感じか。


 塩豚を一晩漬け込んだものを取り出す。砂糖と粗挽き黒胡椒をぐりぐりと擦り込み、塩麹とローズマリーを追加してさらにぐりぐりしたものだ。


 いんげん豆とぶつ切りにした塩豚を野菜スープに入れ、ニンニクと白ワインとローリエで煮込む。途中でキャベツを追加。キャベツはこっちの深緑色のキャベツじゃなくて、見慣れた黄緑色のキャベツだ。ちょっとずつ色んな食材に慣れてもらおう。


 鍋二つ分。あとは暖炉さんに任せておけばいい感じのスープにしてくれるはず。色々仕込みを終えたし、夕飯時までちょっとあるし家に戻ってリシュに聞いてこよう。


 そういうわけで家に【転移】。


 家に入るとリシュが駆けて来る。足元まで来て、何処に行っていたのか確認するようにふんふんと匂いを嗅ぎ、満足するとぺたんと座って俺を見上げる。


 リシュが満足するまで待って、座ったらなでるのが戻った時にいつもする行動だ。朝も可愛いし夕方も可愛い。


「リシュ、森以外の外にもついて来るか? 人がいっぱいだけど」

首をかしげるリシュ。


 わかっていないというよりはどうしようかな? という感じだ。あまり人や同じ精霊を好きじゃないっぽいんだよな、聖獣もだけど。


「面倒なようだったら次回から残る方向で試しに行ってみるか?」

スボッと足の間に顔を突っ込んできたので、了承と受け止めて再び【転移】。


 カヌムの家に着くと、家の匂いを嗅ぎ始めるリシュ。ドア付近は念入りに嗅いでいるので、色々な人の匂いをチェックしているんだろう。満足するまで自由にさせておこう。


 リシュの水皿用意して、夕食の準備に入る。


 頭がいいから暖炉も危なくないし、安心だ。少し毛足が長い毛並みはツヤツヤだし、胸毛と腹毛はぽわぽわだ。もちろん目はぱっちり開いているし、太い手足が可愛らしい。


 やっぱりそばにいると嬉しい。リシュが嫌なら無理をさせる気は無いけど。



「うをっ! 犬がいる」

「犬……?」

「なんという愛らしさ……っ!」


 最初に来たのはディーンとレッツェ、そしてクリス。


「リシュだ。触るの禁止な」


 ディーンがなでようと手を伸ばしたら、リシュがスタッと飛び退いたので注意する。


「残念」

ディーンが手を引っ込めると、触られないとわかったのか、またリシュが近寄って行ってふんふんと匂いを嗅ぐ。


「く……っ、この可愛らしい生き物に触れられないなんて……っ!」

「犬……?」

悶えるクリスの隣でレッツェが不審な顔で首を傾げている。

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