第125話 道中異常なし
「じゃあよろしく。これおやつ、昨日の残りだけど。鍋の中身も自由にどうぞ」
俺の次の見張り番はシヴァ。
「あら、ありがとう。あとで作り方を教えてね」
「はいはい」
雨が降って、ちょっと冷えるので焚き火にはスープが鎮座。
渡したおやつはマシュマロ。
こっちのゼラチンは仔牛の足や牝仔牛のひづめで作る。まあ、
ただお菓子に使われるんじゃなくって、蛙肉や鶏肉を潰して、ゼリーで固めるような料理に使われるのが主流。女性たちのあいだで「噛むことがはしたない」という謎の風潮が一時期あったらしく、流行ったんだと。
俺は普通に食料庫の粉ゼラチンを使ったので、シヴァに教える前にひづめ煮詰めるところから一回作らないと。
「雨なのに行くのね?」
「ああ」
リシュの散歩に加え、家畜の世話もあるから急がないと。
一応、様式美として雨よけにフードをかぶり森の中に入って視線が届かないことを確認して【転移】。家でリシュの出迎えを受けながら、手を洗って顔を洗う。そしてトイレ。
こっちは晴れてちょっと白んだ空に星が出ている。この世界にも明けの明星とかあるのかね?
リシュがどこかから拾ってきた、自分より長い枝を咥えてよたよたと前を歩く。山に生えている木々は新芽をつけて、葉より先に花が咲くアプリコットやプラムの花がもうほころび始めている、なるのが楽しみ。
梅はもう花盛りであたりにいい匂いを漂わせている。花梅じゃなくて完全に食べる用だけど、清廉な白い花が目を楽しませてくれる。
畑の手入れと家畜の世話。鶏から卵、牛から乳をもらって【収納】。うーん、鶏はともかく、他の家畜はほぼ毎日世話がいるのでちょっと大変。俺が戻れない時もあるだろうし、誰かに譲るべきだろうなこれ。
ああ、ナルアディードの島の家ができたら使用人を雇って世話をさせようか。よし、そうしよう。
問題は代理人というか、家令というか、普段切り盛りしてくれる人を作りたいんだよな。直接商人たちとやりとりしてくれる人。
でも人を見る目に自信はまるきりないのでどうしたものか。
野営地に戻るとレッツェと執事も起き出して、シヴァと一緒に朝飯の用意を始めていた。今日はスープ以外はお任せ。
アッシュも起きていて靴の手入れをしている。
「おはよう、ただいま」
「うむ、おはよう」
「お帰りなさい」
「お帰りなさいませ」
「おはよう、チビども起こしてくるか」
レッツェがそう言って腰を上げる。
すぐに騒がしくなる野営地。
「ほらほら、顔を洗ってらっしゃい」
シヴァの言葉に元気よく返事をして川に向かう子どもたちとディーン。後ろから眠そうにあくびをしながらディノッソがついてゆく。
本日の朝食はパンとチーズ、干し肉、ソーセージ、スープ。こっちの人ってあんまり朝飯に手をかけない、家にいる時はこれに卵料理がつけば上等の部類。
温かいスープを飲みながら、パンを焚き火で炙る。干し肉はシヴァのお手製で、牛肉を調味液に漬け込んで乾燥させたもの。ちょっと香りにクセがあるけど、食感や塩気は生ハムに似て、でも噛めば噛むほど味が出る。
ちょっとチーズはハードタイプで苦手なやつだったけど、ソーセージも焼き色がついて見た目からして美味しそう。
飯の時間は至福!
「美味しい。人に作ってもらうとさらに」
「ジーン様にそう言われるのは光栄ですな」
「美味しそうに食べてくれて嬉しいわ」
執事とシヴァ。レッツェはちょっと眉毛をあげただけ。
ハンモックやシートをしまって、ルタたちに水を飲ませ出発。子どもたちがいるせいか、野営地の問題なのか、けっこう行程には余裕があって朝の出発の時間も遅め。
こんな感じで道中は順調、何事もなく廃坑に到着。
「廃坑だけかと思ったら砦もあるのか」
「砦はこの坑道が稼働してた頃の名残だが、今も普通に使われてる。まあ、料金徴収所だな」
レッツェが説明してくれる。
この廃坑は生産量が落ち、魔物が
具体的に言うとアッシュにもらった魔鉄とか、魔銀とかが取れる。危ないから普通の坑夫は入らないけど、俺たちのような冒険者が入る。
それに目をつけた鉱山の持ち主である城塞都市の領主が入場料を取ってるらしい。金はかかるけど馬も預かってくれるし、便利。
「馬があれば、持ち帰れる量も多くなるしな。
ディノッソが言う。
ああ、ピンとこなかったけど中は暗いのか。どう進むんだろ?
ディノッソとレッツェが代表して手続きを行い、その間に俺たちは必要な荷物をまとめ直して、砦にいる男から松明を買う。
レッツェが荷物にカンテラを入れてたけど、松明使うのか? 保険かな?
「ルタ、留守番よろしく」
角砂糖をあげてルタの首を叩く、暴れたり逃げ出したりせずおとなしくしておいてほしいところ。
「ちょっと気難しいかもしれないけどよろしく」
「へえ! こりゃどうも、気をつけときますよ」
馬の世話係にも心づけを渡してルタのことを頼む。
「お前、借りた馬なのに甘やかしてるなあ」
ディーンに呆れられたけど、心配なものはしょうがない。
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