第587話 地の民の仕事

「パスツールの白磁に劣らない美しい磁器……、精霊金・精霊銀っ! なんてものを持って来てるの……っ」


 パスツールの白磁に劣らないんじゃなく、パスツールの白磁です。 


 ソレイユがわなわなしてるけど耐えている。金の果物シリーズをスルーしてるのは、きっと商売に向かないものだからかな? でも、容れ物は範囲内なかんじ? 


 商売用に似たようなの用意してもいいけど、精霊金って希少なんだっけ? あんまり出すと、値崩れするか。たくさんあるというか、金を『家』に置いておけば精霊金になるけど。


 ソレイユに商品を適当に渡すと、えげつない売り上げになって俺に返ってくるんだよね。商品に限らず、宿屋の売り上げとか、国としての交易の金とかもだけど。


 ソレイユ、お金も好きだけど、それは次の投資に回せるからだし、美術品とかも好きだけど、それは同じレベルの美術品を愛好する商売相手が寄ってくるから。


 商売することと、商売が大きくなっていくことが好きなんだよね。俺は俺で、そのままソレイユに預けて、島の運営に使ってもらってるけど。


 思わず理想通りに整えるのに頑張っちゃったけど、元の世界の中世の街並みっぽくって、それでいて機能的で、清潔って金がいくらあっても足らない。最近、新しく開拓始めちゃったし。


 島は未だ石工とか大工とかが手を入れ続けてる。あんまり華美というか、ごちゃごちゃにならないように希望を伝えただけで自由にしてもらってるけど。庭師のチャールズは島全体に花や木を植えて手入れをしているし、維持にも金がかかる。


 代わりに観光産業がアホみたいに収益あげてるけどね!


「大丈夫、大丈夫。ここには一般人は入らないわ……。騒がしいのが苦手な豊穣の神アサス様と嵐と戦の神――様の要望だもの。ええ、神殿の禁足地よね」

ハウロンが焦点の定まらない目で、床に向けてぶつぶつ言ってる。


「で? もうわんわんハウスを運び込んでもいい?」

「わ……、ぐ……」

聞いたらハウロンが潰れたカエルみたいな声を漏らした。


「……そうね、戦の神の前で供物を盗める者もいないでしょう。ええ、運び込んでちょうだい。それから整えましょう」

ハウロンの目の焦点が戻って来た!


「はい、はい。じゃあ連れてくる」

言い残して【転移】。


 地の民にはもうスタンバッてもらってる。運び込む方の神殿に、ハウロンとソレイユ、ファラミア以外いなかったのも、運び込む準備のため。宴会に地の民が参加予定なんで、きっちり隠せるわけじゃないけど、ハウロンの配慮だ。


 準備万端な地の民たちに、声をかけてわんわんハウスともどもまたシャヒラの神殿に戻る。


「おお! 風景が変わったぞ!」

「おお! 前に来た場所より暑いぞ!」

「おお! だが悪くない造りだ!」


「火の時代の遺構と聞いたぞ?」

「遺構にしては崩れておらんな?」

「補修の跡も見つからんぞ?」


 周囲を確認し出す地の民。なお、ソレイユやハウロンたちには興味がない模様。今はわんわんハウス設置というお仕事中なので、それに関係すること以外に地の民の意識が向かない。


「ううう、本当に地の民。しかも集団……。北の大地の中でも地の民の元にたどり着くのは至難なのに。どうやって迷いの谷を越えたの……」

ハウロンがぶつぶつ言っている。


「あれが女神の黒檀の輿を置く場所か」

「あれが竜の鱗の神座を置く場所か」

「あれがわんわんハウスを置く場所か」


「ちょっと、あれはどういう……」

ハウロンがわんわんハウスを見て言葉を失う。


「ううっ……。黒檀というだけでも高いのに……っ、地の民の技巧っ」

床に伏したソレイユには、倒れる寸前ちゃんとファラミアがクッションを差し込んでいる。


「この石の台座、サイズは合うが彫りが丸い」

「この石の台座、たくさんの誰かが撫でたのだろう」

「この石の台座、模様の彫りが擦り減っている」


 砂で保存され状態はいいけど、昔の人たちが生活していた跡というか、傷みというかは残ってるからね。


「そういえば、この溝には水が通る予定だから、何か調整するならそのつもりで」

今は見えない条件を追加。


「ここに水が通るか」

「ここに水が通るのだな」

「ここに水が通る」


 地の民たちがその場で修復と微調整を始める。ついでに対となるアサスの台座もビフォアアフター。ボヤッとしていたレリーフは綺麗に彫りなおされ、それに合わせて他にも手が入り、磨かれ――かつての意匠を活かしつつ、とても美しくなった。


「おお、この布は美しい」

「おお、この青は美しい」

「おお、この縫い取りは美しい」


 飾られた花はともかく、青の精霊島の青い布は地の民にも好評のようだ。石担当でも木材担当でもない地の民は、篝火台や、松明台に手を入れ始めてる。


「神殿そのものが、どんどん芸術品にかわってゆく……」

「この場所は入れなくなるのに……」

ハウロンとソレイユが遠い目をしている。


 そうかハウロンはともかく、わんわんとアサスが鎮座したらソレイユは入れなくなるのか。わんわんとアサス紹介する?

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