第260話 温かい食事
「こっちにも引きずった跡がある」
カンテラの明かりに浮かび上がる一方方向への筋。レッツェがあちこち確認しつつ追跡中。
引きずった跡は幸い大きなモノではなく、線。抜き身の剣を引きずりながら進んでいるようだ。人間引きずってるんじゃなくって何より。
精霊に案内させてもいいんだけど、おとなしくしている俺です。最初の一人の状態を見てから行動を考える。目的は変わったけど、普通の冒険者の探索を満喫中。
レッツェが下げてるのは俺が作ったカンテラ。冒険者の間で、カンテラも見かけるようになってきた。形は真鍮の枠組みの中で直接ガラスを吹いたっぽい? 油の臭いと煤がひどいがカンテラだ。
鞄の時みたいに冒険者ギルドに登録した商品なんだけど、あっという間に手抜き品が出回るというか、ありあわせで上手く作るなというか。馬鹿高いけど、城塞都市では人気だ。カヌムと違って、迷宮やら坑道やら暗い場所が稼ぐ場所だからだろう。
明かりの魔法は戦闘になったら使うのがセオリーで、まずは普通っぽい行動を学んでおけと言われた。大きさは眼鏡を手本に、坑道の時のように広範囲を照らすのも普通ではないそうだ。
「相手は眠らねぇだろうし、三、四日の差があるからな。急いでもしょうがない」
幾つ目かの分岐を進んだところで、ディノッソの言葉で自分たちが寝る場所に向かう。
暗いので時間の感覚が狂いがちだけど、活動するにはきちんと食事と睡眠を取らないと。
「今何時ぐらいなんだろうな」
「七時くらい」
「七時ぐれぇだろ」
聞いたら答えが返ってきたんだが。
ディノッソとレッツェはだいたい同じ時間に食事と睡眠を心がけて、体内時計を普段から整えている模様。なるほどと思いつつ、俺も朝五時には起きられるぞ! なぜならリシュとの散歩があるから。
二人と違って雨が降ってたらそのままごろごろし始めるし、散歩の後に二度寝に入ることもあるけどな。
今回も早朝は抜け出させてもらって、リシュと散歩だ。
「ようやくまともな飯……っ!」
いそいそと用意を始める俺。
「この辺湿ってるから火の勢いがイマイチなんだよな」
レッツェがぼやく。
森で地面が湿っていたら、適当に太めの木を並べてその上に薪を設置する。でもここには運んで来たものしかないので、そんな贅沢な使い方はできない。
「大丈夫、焚き火台作ってきた」
バックパックからA4サイズに折りたたんだものを二つ出して、展開する。Hみたいな形状になる簡単なやつだけど、スリット鉄板も抜かりなく。
「ジーン様……」
「お前……」
「さすがだよ、宵闇の君!」
さっさと火を熾すと、呆れた声の執事とディノッソ。クリスには久しぶりに宵闇って呼ばれた。なお、レッツェは道具系は呆れるより興味が勝るらしく、黙る。
普通に焚き火するのも好きだけど、今回はそれができる場所ではないことを事前に聞いていたからな。
「肉、肉」
ディーンが肉の塊を出してくる。
「焼くんでいいか? 切り分けてくれ」
「おうよ」
ディーンは肉に対する欲望には素直なので、やはり何も言ってこない。
かなり大きな塊で、塩もそこまで強くないようなので、1日目にみんなで食べるために持ってきたものだろう。
ディーンが肉を切っている間、俺はパンの用意。ビスコットと呼ばれる、焼いたパンを二つに割って、もう一度焼いて乾燥させたカリッカリの薄いパン。蜂蜜をちょっと入れてあるけど、甘みを抜いたラスクみたいな味。湿気ってると美味しくないので、軽く温める。
小麦粉も持ってきたけど、焼くのは時間がかかるので、保存用のパンを数種類用意してある。ナッツや乾燥果実入りのビスコッティとかも。
無塩発酵バター、カシスジャム、チーズの用意。
ニンニクパウダーと胡椒少々、焼けた鉄板で肉を豪快に焼く。豪快になったのはディーンの切り方のせいだ。スープもつけたいところだが、水の量に限りがあるんで控える。
「乾燥パンは大抵味がイマイチなんだが、これはうまいな」
「外でも変わらず料理上手だね! これはワインが欲しいよ」
「うむ」
レッツェとクリス、最後はアッシュ。アッシュ、そのジャムの量は大丈夫なのか? ちょっと心配になる。
「肉もいい肉なんじゃねぇ?」
「手伝ってもらうから、クリスと一緒に用意しました」
相変わらずディノッソに対して微妙な丁寧語を使うディーン。
「やはり酒をもっと持ってくるべきだった」
「カーン様、それもどうかと……」
カーンは今現在飲んでるので、執事が困惑してる。
半分人間じゃないので、食事の必要はあまりないカーンだが、ワインは好物らしい。一応、干し肉とチーズ、ナッツも持ち込んでいるけど、荷物の大半が酒だ。
酒は利尿作用がある上、分解するために水分を使うので脱水症状になりやすい。水が思うように飲めないここで、がぶがぶしてるのはカーンくらいのもの。
なんかディーンたちは、カーンが精霊のせいで酒で栄養を摂取する体に変わっていると勘違いしているようだが、細かい精霊を取り込むだけでいい人だからね?
カーンには必要のない炭を運んでもらってるし、チーズは俺の希望のやつをいっぱい持ってもらってるので文句はないけど。まあ、ずっと砂漠で飲まず食わずっぽかったし食の楽しみができて何よりだ。
ズッキーニを輪切りにして、肉を焼いた後の鉄板でじっくりとろとろになるまで焼く。オリーブオイル追加。両面焼いたらセミドライトマトとチーズを乗せて皿を蓋にして蒸し焼き。塩と乾燥パセリを少々。本当は生のトマトでやりたいところだが、さすがに持ってこなかったので。
「初めてジーンと一緒に出た時は、田舎に引きこもってる間に冒険の仕方もかわったんだなって」
しみじみ言うディノッソ。
「現役の頃とほぼ変わっておりません。ジーン様がおかしいだけでございます」
笑顔で執事が言い切る。
「便利で美味しいほうがいいだろ」
こっちの麻袋担いで冒険に! ってほうが信じられなかったよ、俺は。
「この焚き火台だっけ? なんか火力強くねぇ?」
ディーンが言う。
……。
「ちょっと待て、なんで目を逸らす?」
レッツェが半眼で聞いてくる。
「追求は却下します」
こういうものを作るのは炉を使うんですよ……っ。炉を使うと覗きに来る
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます