第397話 帰宅
クルーズ後はカヌムに【転移】で帰る。
「いいか? 明後日の晩だからな?」
「そうよぅ、アナタ一人が涼しい顔してるのはおかしいわ」
ディノッソとハウロンが執事に詰め寄っている。
「そう言われましても、私はアッシュ様の執事ですから。同行ができず申し訳ありませんが、話を聞いてもおそらく無力でございますよ」
いい笑顔で答える執事。
「聞いても聞かなくてもいいなら、聞け! ジーンの行動の一部始終を! 俺の愚痴を!」
「アタシの愚痴を!」
ディノッソとハウロンがひどい。
「……。それはまた……」
笑顔のポーカーフェイスだが、少し言葉に詰まっている執事。泳いだ目が、俺を捉える。
「……」
ため息ともつかない小さな息を吹き出す執事。
俺が何をしたというのか。
「じゃ、明後日の晩、ジーンの家で」
「ええ。ジーンの家で」
今度はディノッソとハウロンも笑顔。
「俺が巻き込まれることが確定してる!?」
「主題はお前だ!」
「怒ることじゃない、怒ることじゃないけど、愚痴は叫びたいのよ!」
ハウロン、話すんじゃなくって叫ぶんだ?
で、約束を取り付けたところで解散。路地の突き当たりの俺の家を通り抜けて、ディノッソ家の家族が帰る。
俺も鍵を閉めて【転移】――の前に、家の前の植物に水をやっとこう。『家』には毎朝帰ってたけど、こっちにはこなかったし。
井戸で水を汲んで、【収納】にたくさん。最後に手桶に水を入れて、柄杓で水やり。
「あれ? 出かけるのか?」
水をやってたら貸家の勝手口からレッツェが出てきた。
「おう、夜しかいねぇのがいてな。土産を今のうちに届けてきちまおうと思って」
相変わらずレッツェはマメ。
「いってらっしゃい、気をつけて」
「そっちもな、っていっても家の前か。戸締り忘れんなよ」
「はーい。おやすみ」
「ああ、おやすみ」
どう言ってエスのお土産を渡すんだろう? 絶対城塞都市の市場にもないやつだよな? まあ、レッツェのことだから心配ないんだろうけど。
◇ ◆ ◇
今朝は久しぶりに自分のベッドで目覚める。
「リシュ、おはよう」
ベッドから手を伸ばし、隣にある籠の中のリシュをなでる。カゴの中は、冷え冷えプレートの上にクッションを置いている。
えへっみたいな顔をして、足をあげてお腹を見せるリシュ。ここか、こっちか! わしわしと一通り撫でてから起き上がる俺。
たったっと走るリシュの後を歩き、山の様子を見る。蔦を払い、折れた枝を取り、虫瘤を探し、食べられる草を摘む。
今日は少し遅く起きたので、畑の前に朝食。
ご飯、味噌汁、お漬物、だし巻き卵、シシャモ、ハスの梅肉和え、ナスの煮浸し。
あつあつのご飯に生みたての卵をぽとん。醤油をたーーーっ。くるくる混ぜて、胡麻をたっぷり。海苔をぱさっと。
あれだ、旅は楽しいけど、戻ってきた時に家が一番だと実感するのもいい。俺がもぐもぐとご飯を食べる椅子の下で、リシュも肉をもぐもぐ。
朝食の後は畑と果樹園の手入れ。旅行中も早朝に見回っていたので、その時に気になったところに手を入れる。
種を取るために、収穫もせずそのままにしてあった野菜に花が咲いている。こっちに来てから、キャベツの花は黄色くって、大根の花は白くって、でもどっちも似たような花だって知った。
畑が終わったら、果樹園。こちらも要らない枝を切ったり、枝を望む方向に曲げたりとお手入れ。挿木をして増やした小さな果樹の様子を見る。よしよし、もう少し育ったら、島に持って行こう。
害虫がいないっていうのは、畑仕事を格段に楽にしてくれる。精霊も手伝ってくれるしね。最初の頃は、花を全部ちぎってしまったり、いたずらも多かったけど。
精霊がいると、長い目で見て、土地が潤うんだけどね。土地が潤っても収穫前にダメにされたら意味はない。俺は幸い対話ができるけど、神殿に頼んで追い払うことも多いんだって。
明日の晩はカヌムでカードゲームのお誘いがある。ディノッソとハウロンがいい笑顔で執事に予定をつけさせていた。
そこはかとなく時差での説教の気配が漂うけど、俺は悪いことはしていないはず……。エス川は蛇行させちゃったけど、人里はるか離れた場所でのことで、被害はちょっとの間、エス川の水が引いてびっくりさせたくらいだし。
ゆるゆると引いて、ゆるゆると戻ったらしい。とてもゆっくりだったそうで、それによる事故とかはなかったみたいだし。強いて言うなら、びっくりさせたってことくらいだな。うん。
考え事をしながらコーヒーを飲み、テラスに向いた椅子で読書。今日はパンダネ捏ねたり、家でのんびり過ごすとする!
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