第564話 姿

 地の民との宴会準備は、ソレイユにはなるべく度数の高い酒の手配をお願いしてあるし、港については使い勝手を使う人に聞こうと、さっき猫船長に精霊経由で伝言を頼んだ。


 アミジンの人に女神がいる聖地だから開発やめてくれとか言い出される前に、整備してしまおうという姑息な方向。代わりに違う土地と言われても、奥の方は当然ながら海がないからね。


 城塞とは違うところから、女神の描かれた石の場所までいけるトンネルを掘って住み分けでいけないかな? と。血判状があるから、アミジンの人にはもうどうこうできないんだけどね。


 山の家に【転移】して、リシュと遊ぶ。ルゥーディルの視線は気にしない。目を合わせないのがコツです。


 夕飯は鹿肉カレー。じゃがいも、ニンジン、玉ねぎ、肉は大きめ! 一瞬のかみごたえ、繊維状に崩れる肉。カレースパイスの匂い、味!


 富があっても買えないカレールー。野菜も香辛料も原種状態のものがあるし、がんばっても手に入れられない。俺のように精霊の力を借りて品種改良しても、『食料庫』の野菜おてほんがなければきっと時間がかかる。


 小麦やら玉ねぎやらはあるし肉もあるから、3食パンと肉、焼き野菜かスープで平気っていう人以外、この世界に転移ってキツそう。時々姉たちにザマアミロって思う俺です。それくらいの性格の悪さは許されたい。


 リシュに水と肉を出し、ルゥーディルにワインと玉ねぎの焼いたやつをそっと出す。


 果樹園も畑も、リシュに穴掘りを少し頼むべきだろうか。ルゥーディルの好みはワインだったんで、イシュの塩ほどのインパクトではないんだけど、神々に食える物を増やしてもらいたい。


 カレーで景気づけした翌日、カヌム――は留守だったので、カーンの国。


「水車の調整は今度はうまくいった?」

「はい、今度は問題なく。メール小麦はやはり中原風のパンがいいようですね」

「移住して間もないし、ちょうどいいわ。食べ物までがらりと変わるより、しばらくは膨らむパンで。でもここで収穫できるのは膨らまない小麦・・・・・・・でしょうから、最終的な設備は平焼きのつもりで」


 目当てのハウロン発見。俺の知らない人、たぶんこの国の運営に関わる人と話し中。カーンも同じ部屋で石の台座? 机? に向かって難しい顔で図面を見ている。


 カーンの見てる図面は、町の見取り図かな? ハウロンの方は、どうやら小麦を挽く場所と、パンを焼く場所の話らしい。中原やメールの小麦は膨らむんだけど、この辺りで採れる小麦はあんまり膨らまない。タンパク質がすくないとかだっけかな?


 なので、ピタパンとかチェパティとかみたいな平たいパンになる。カーンは中原風というか、エスで流行った膨らんだパンが好きなんだけど、故郷ここのパンはアイシって呼ばれた平べったいパンなんだそうだ。


「こんにちは」

「あら」

人がいなくなったところでカーンとハウロンに挨拶。


「こちらにくるのは珍しいな。どうした?」

カーンが顔をあげて聞いてくる。


 カヌムの方がみんないるからと、単純に行き慣れているから。あとここ暑い。


「そろそろ出来上がってくるんで、わんわんハウスの搬入の相談」

勝手に設置してもいいけど、この国の守護神だし。


 ハウロンにアミジンの遺跡を見るか聞く用事もあるけど、たくさん人が絡む方をまず段取りたい。


「……」

「……」


 なんかなんともいえない顔をされたけど。


「嵐と戦を司る我が国の守護神、できればアサス様も含めて民に披露目たいが――」

悩ましい顔のカーン。


 名前を言っちゃいけないあの人みたいなあつかいだな、わんわん。


「ネームプレートを別で作っておいて、搬入後にハウスに掲げる完成パフォーマンスとかする?」

神社の鳥居とか山門に扁額へんがくを掲げるみたいなかんじでこう……。扁額は簡単にいうと、看板。建物の名前や、創始者の思いを書いたりする。


「……もう取り繕わない……何をどうしても犬小屋にしたいのね……」

ハウロンが弱々しい声でつぶやく。


「決してそんなつもりはないんだけど、イメージが引きずられてるのは認める。でもきっと地の民が張り切ってるんで、荘厳な出来上がりになると思うぞ」


「……」

「……それはそれでどうなの。アサス様の台座との対比が――いえ、アサス様の台座も美しいのだけれど」


 台座はすごいけど乗ってるのは丸太から顔が出てるアサスだしなぁ。


「神殿は神聖不可侵ってことで、王族と神官しか入れないようにしたらどうだ?」

お披露目は諦めて。


「賑やかに祀る方がいいか、静謐を望まれるのか、二柱に伺いを立てる」

カーンが目頭を揉みながら言う。


「アサス様が司る力を存分に発揮され、その豊穣に満たされればきっとお姿も元に……。我らは加護を頂きつつ、隅々までお力が行き渡るよう整えて行けば」

カーンの方を向いて真面目なことを言うハウロン。


「アサスがあれって、わんわんに細切れにされて力を落としたのもあれだけど、決定打はエスが上下半分に分けて、半分持ち帰ってるからだから、返してもらえない限りアサスの「お姿」は難しいんじゃないか?」

エスは絶対返さないと思うし、あのままだと思うけど。


 多分本人にも強烈に焼き付いてるイメージだからあの姿なんだと思う。それとも力をつけたら、アサス本人も丸太への封印とか細切れとかのイメージから抜け出して、姿を変えるかな? やっぱりエスが忘れさせてくれない気がするけど。


「せっかく誰もが姿を見ることができるほど、古く強大な神々なのに……っ」

石の台に縋り付くように顔を伏せるハウロン。


 安心して? アサスの姿に関しては俺の責任じゃないよ!

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