第563話 石と豊穣の女神

 どう考えても白い女神という大物の本体がありそうだが、大丈夫。怖くないです、やらかしはありません。もう白い女神には魔力持ってかれた後なので、見に行っても今更何が変わるわけでなし。


 全体的には滑らかと言うほどではないけれど、濡れて部分的に滑りやすい自然窟。酸素的な問題は、さっき組み上がったばかりなので空気が新しいから平気。この辺の地形で有毒ガスってこともないだろう。


『エクス棒』

『はいよ、ご主人!』

『今度は洞窟です』

『つつくには穴が大きいなあ』

ちょっと残念そうなエクス棒、うさぎ穴くらいがちょうどいいよね。


 完全に外からの光が入ってこないので、ライトの魔法を増やし、洞窟内を進む。


 ――一応、精霊に頼んで、おかしかったら声をかけてもらうようにする。地形からして平気でも、精霊からしてダメなことある世界だ。


『おおう、つるっとするぜ!』

けっこうエクス棒は楽しいようだ。


 杖でいうところの石突でついて歩いているのだけど、滑るところと引っかかるところの落差がいいようだ。


 うねった地下の道を進んでいくと、途中明らかに人の手が入った跡。というか、手形をつけるのやめろ、怖い。赤黒いというか茶色いというか、動物の血か何かだよね? まさか人の血じゃないよね?


 周囲から何かの共鳴に似た音が返ってくる。ここの精霊は言葉はないけれど、人の言葉を理解する。そして洞窟に響く音で語りかけてくる。でもふわんふわんする音はどこか恐ろしくて――


 え? 塗料が余ったし手についたからぺたぺたしてた? 獣脂も混じってるけど、元はベリージュース?


『わははは! オレもちょっと参加したかった!』

塗料があったら壁に手形をぺたぺたしてそうなエクス棒。


 洞窟の手形の精霊の自己申告によって、呪術的ななにかから一気に子供の悪戯までイメージが変わった。怖くなくなったけど微妙な何か。


 精霊自体は、長年の人間の信仰というか俺と同じような思い込みで、ちょっとだけ怖い存在に変質してるみたいだけど。その後さらに長い年月、人の訪れのない海に沈んでたせいで、もとの無邪気さも取り戻してるのかな? 


 どっちにしろ怖くなるのはこの奥を荒らす存在に対してなんで、すでに白い女神と契約状態な俺には無害。


 天井になんか牛だかバッファローだかの絵。弓を持つ人の絵。山羊の絵。踊ってるような人の絵がいっぱい。その絵そのままの精霊が絵から離れて駆け出す。


『オレはエクス棒、よろしくな!』

俺とエクス棒をかすめていく精霊たちに挨拶を返すエクス棒、俺は次々に寄ってくる精霊たちに名付け中。


 それにしてもどうやって描いたんだ? 天井に描くのって大変だと思うけど。ミケランジェロの天井画? 我反り返るはシリア人の弓の如し?


 ああ、昔は天井が壁だったのか。巨石の精霊が滅びるときに、いっぱい身を震わせた? なるほど地殻変動したのか。巨石の精霊はけっこう派手に散ったらしい。アミジンの人たちが少ないのも納得だ。


 奥に進むと床から生えてる巨大な八角形っぽい岩。この島の石、周囲も白っぽい石なのに、この石は濃い灰色。


『探検終了か、行き止まりだぜ』


 エクス棒の言う通り、洞窟はそのすぐ後ろで終わっている。八角形は石壁をバックに合わせ目をこっちに向け、見えている左右の面の片方にふくよかな白い女性が描かれ、さらに一つの面に手形と同じ色の弓を持った女性像。


 どっちも波で少し薄れてる。


『やあ、来たな。私のあるじ。おかげで消えずに済んだよ』

白い女性の絵が膨らんで八角形を包み込み、海の底にいたマシュマロで作った土偶みたいな女神が現れる。


 ふくよかだし石の精霊だけど、司ってるのは豊穣系なのかな? 石に石の顔料いしで描かれたって言ってたし、司ってるのは本質である石と描いた人の願いだろう、たぶん。


『俺は俺の都合でそうしただけだけど、無事で何よりだ。でもだいぶ薄れてるな』

色々これからここに植えるので、頑張って欲しいところなんだが。


『大丈夫さ。これ以上薄れるには長くかかる。今はさらっていく波もないし、上を転がる何かもいない。でも、私を生み出した血族の末に白き石と液果ベリーを運んでもらいたいね』

『血族……眷属じゃなくて?』

白き石と液果は塗料の原料のことだろう。でも血族?


『私を描いた人間の遠い成れの果てのことさ』

『この場所に住んでた人たちのことか』

成れの果てって言われると微妙だけど、アミジンの人たちか。


『そう、私に豊穣を望んで生み出した者の血の末』

そう言ってもこもこと姿を変える白い女神。


 内から滲んだ濃い茶色が、全体に行き渡ってグラマラスな黒髪美女に。刺繍の入った服と白い貝の腕輪がよく映える茶色の肌、弓を持つ手。


『あれ? 契約の時に会った?』

『ああ。どっちも私さ』


 血判押したら一瞬出てきたアミジンの血の精霊だか女神だか。


『私は狩りと採取、白い私は農墾。血を継ぐ者たちは今度はまた放浪してるみたいだから私の方が白い方よりはっきり存在できるね。ただ、物の本質も願いの本質は変わらない、私はどっちも石の精霊で豊穣の女神さ』


『土地を豊かにするには、前にここに住んでた人たちの血族に塗料の材料持ってきて貰えばいいんだ?』

『簡単に言うとそうだな。そうすればまた信仰も戻るし、私も力を取り戻す』


 なんか俺たちは外のもんに踏み入られたこの土地には二度とこねぇぜ! もしくは余所者はいつか追い出す! みたいな雰囲気だったけど、契約の時に劇的に態度が軟化したし、頼めば運んでくれそうではある。


 それにどうやら定住も可だった人たちみたいだし、牧畜しながら畑も手伝ってくれないか聞いてみよう。

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