第286話 微妙な神殿

 屋台で朝飯を済ませ、神殿へ。


「そういえば、精霊の枝が安置されてた部屋で、少し前に異変があったらしいぞ」

階段を上がりながらレッツェが言う。


「異変、でございますか」

「精霊の枝――レプリカだけどよ――を載せてた、クッションの布が突然破れてちぎれたらしい」

執事の問いに答えるレッツェが、レプリカのところでちらっと俺を見る。はい、俺だけが、どこにある枝が本物で偽物か知らないからな。


「ほとんど一緒にいたのに、よく知ってるな」

「馬車の御者ってのは、思ったより客の話を拾ってるし、客待ちの間は同業同士で噂しあってんだよ」

そういえばレッツェ、迷宮の帰りの馬車は御者台に行ったんだった。


 ここの神殿も、カヌムの精霊の家と造りはそう変わらない。建物の中に広い中庭があって、水が流れ、木々や花々が植えられている。規模が大きいし、建物の部屋や回廊が豪華だけどね。


 カヌムの『精霊の枝』は無料だったけど、ここではしっかり寄進を求められた。最低額よりちょい上で済まそうかと思ったら、レッツェがそれなりの金を出してた。


 あんまり信心深そうなタイプには見えないんだけど。俺は神殿で金を払うのはなんか微妙な気になるんだよな。神々になら金より嗜好品を送った方が喜ばれるし。


「へえ。ちょっと不思議な感じだな」


 光を通す薄い葉を持つ白っぽい枝の木々、銀色っぽく見えるハーブの類、白と黄色を中心とした花々、所々で顔を出す白い庭石のそばを流れる小川。足元には白と透明な細かい砂が道を作っている。


「赤とか、青とか、少し差し色に濃い色を持ってきたら締まるのに」

なんというか、作られた庭が全面に出てる上に、ちょっと物足りない。


 物足りないのはもしかしたら、俺がエクス棒を手に入れた、白い森を見ているせいかもしれないけど。あそこは綺麗だった。


「この神殿は光の精霊を主に呼んでんだよ、あと水。祀ってんのは、光と清浄、処女神ナミナ」

「よし、潰そう」

「突然、物騒なこと言ってんじゃねぇよ」

ディノッソの説明に、即決したら諌められた。


 おのれ、光の玉!!


「……シュルムも今は処女神ナミナだったな」

レッツェがぼそりと言う。


「ああ……。あの国、節操なしに神殿を建てて、その時々で一番に奉じる神が変わりやがるからなぁ。――後で聞いてやるから、神殿の中で悪態つくのはやめとけ。本人からは遠いんだろうが、眷属の精霊がいるだろうし」

ぽんぽんと俺の頭を軽く叩くディノッソ。続いてアッシュ。


 いや、あの、アッシュ? 普通に触ってくれて構わないから、その便乗ぽんぽん餅つきやめないか? 反応に困る。おかげで嫌な気分もしぼんだけど。


 そうか、眷属か。座布団はどうなんだろう? せっかくなんとなく仲良くなれたのに、あの玉の眷属の可能性があるのか。上司があれじゃ、苦労してるんじゃないだろうか。


「ここの神殿自体はシュルムとは関係ねぇんだがな……。精霊関係はピントこねぇ」

肩を竦めるレッツェ。


 大丈夫、【縁切】してあるから。俺の情報が精霊を通して玉に流れることはない。なぜなら、精霊かみが作り出して授けてくれただけあり、【縁切】や【解放】の能力は人間より精霊によく効く。


「ジーン、枝だ」

アッシュに手を引かれて、中庭を早々に抜け、レプリカが安置されている部屋へ。


 精霊の枝の乗る精緻な彫刻を施された台座に、丸くくり抜かれた天井から、燦々と午前のどこか硬質な白い光が降り注いでいる。


 金でできた枝、枝先には涙型の黄色っぽい宝石と透明な宝石がぶら下がっている。10Kくらい? 薄いちょっとつるんとした印象の金色だ。


「クッションってこれか」

台座と枝の間には、薄いクリーム色の厚布に、金糸で刺繍された薄いクッション。


 はい、明らかに座布団の新しいやつですね……。アッシュたちはカヌムの家の二階、食堂の椅子に俺が敷いた座布団を想像してる気がするが、俺が座布団と呼んでいたのはこれです。この潰れたクッションみたいなやつです。


 古い奴が爆発したのは俺のせいな気がそこはかとなく。そして話題を出したレッツェにバレている気もそこはかとなく。


 そういえば精霊の座布団も神殿に戻ってるんだよな。神殿に見える奴がいたら、再会はちょっと危険か。


神子の件で、唯一お偉いさんが、朝っぱらから冒険者ギルドに行ってるとさ」


 レッツェ、いつ聞き出した? もしかして、さっきお布施した時か!? 情報収集マメすぎないか?


 俺は情報収集どころか、遭遇の危険性に気づいたの今なんですけど! 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る