第285話 屋台の朝飯

 散歩に戻るために、早起き。アッシュと執事も起き出していて、朝風呂に行くという。風呂屋はまだ準備中の時間だけれど、少し金を払って先に入れてもらうのだそうだ。


 アッシュたちを送り出して、【転移】。家はカヌムより暖かいんだけど、山の上の方は、城塞都市と同じような寒さ。リシュは寒いくらいの方がいいらしく、元気一杯。


 先頭に立つ豚くんが、キノコを探している。いや、もう食う気は失せているから、そんなに必死にならなくていいんだぞ? 


 俺はちょっと家畜の飼育には向いてないらしい。狩った動物を捌くのは平気なんだけど、長く見てると愛着が。鶏は卵を休まず産むし、山羊は子持ちでもないのに、何故か乳を出すし。牛に至ってはツガイでさえもないのに、やっぱり乳を出す。


 俺に食われないように、涙ぐましい進化を遂げた様子。――いや、なんかもう普通の動物じゃなくないか? ちょっとだけ頭をよぎる疑惑があるが、精霊のいたずらで牛が急に乳を出すようになる話はちらほら聞くので、たぶんその類だろう。うん。


 大量の黒ラッパタケ、ポルを少し。そして地面を掘れと豚くんが引っ掻くので、掘ってみることにする。たぶんこのパターンはトリュフだ。


 豚くんが掘れという場所の、ちょっと離れたところにエクス棒をブスッと差し入れて、土を崩す。森の独特な湿った土の匂いが強く漂う。


「んー、そこそこ。ここの土はいいねぇ」

エクス棒は土ソムリエ。根っこは別に生えてないんだが、棒の先で土の良し悪しがわかり、たぶんちょっと吸い上げてる?


「おお、ウィンタートリュフ」

「おう! なんかいいものか?」

エクス棒が見やすいように拾い上げる。


「泥団子だな!」

ニシシと笑うエクス棒。確かに見てくれはいびつな泥団子。


 ウィンタートリュフは、サマートリュフより香り高く、そしてお値段もお高い。ずっとトリュフって一種類、もしくは白黒の違いくらいだと思ってたんだけど、どうやら違う。未だ見分けはつかないけどね!


 穴を掘る遊びをしていたリシュが、足元に寄って見上げてくる。


「リシュも見るか?」

差し出すとくんくんと匂いを嗅いで、くしゅんと鼻を鳴らすリシュ。


 豚くんをいたわって、森の散歩は終了。秋果のイチジクも、もう終わりに近い、最後の収穫だろうなと思いながら摘み取り、家に戻る。


 風呂だ、風呂。冒険は終了して街に戻っているので、いつもの生活解禁である。ようやく体が洗える!


 シャワーを出しっぱなしで、ゴシゴシ洗い、さっぱりしてから風呂を汲んで――湯が溜まるのを待ちきれず【収納】から湯を出して、浸かる。


 やっぱりこの生活は手放せない。いい具合に茹だったので、風呂上がりにベッドにダイブ。さらさらとした清潔なシーツが心地いい。お家好きな俺だ。


 今日は神殿の見学なので、いつまでもゴロゴロしているわけにもいかない。新しい服に着替えて、城塞都市の宿屋に戻る。


「おはよう」

アッシュたちも戻り、全員暖炉のある部屋に集まってお茶を飲んでいた。


「飯はどうする?」

「ジーンのパンで、屋台の買い食い希望!」

ディノッソが言う。


「俺のパンで買い食い?」

パンをかじりながら屋台に行く図を思い浮かべる俺。


 言われるままにパンを出して切り分けると、執事が紙に包む。ピンときてないのは俺とカーン。


 どういうことか教えてもらった。こちらではパンをパン屋で買って、屋台で好きな具材を乗せてもらうのが流行ってるんだそうだ。


 宿を出て、屋台が並ぶ場所につくと、なるほどみんなパンを片手にうろついている。挟むのを想像してたけど、大きな薄切りのパンを皿代わりにしているようだ。


「パンを扱う店が、場所も使う小麦の量も、厳しく定められておりました名残です」

執事の説明を聞きつつも、目は野豚の丸焼きに釘付けだ。


 屋台の親父が、表面の焼けたところから削ぎ落として、並ぶ客のパンの上に乗せてゆく。ここ一帯に肉の焼けるいい匂いが漂っていてやばい。


 野鶏の串焼きを、さっとパンの上で串を抜いて乗せてるところもある。玉ねぎの輪切りを乗せてもらったり、香辛料の店で何かかけてもらっている人もいる。


「お前、ぼったくられないようにしろよ?」

レッツェに注意をされて、ちょっと冷静になる。


「って、カーンがもう買ってる」

野豚の肉を鉄板で焼いている店で、肉を受け取っているカーン。


 貨幣価値が違うのはカーンも一緒、ぼったくられる……ってことはないな。あの筋骨隆々の強面にふっかける勇気を持ったやつはいないだろう。


「俺は卵とベーコンにすっかな」

ディノッソが並ぶ屋台を見回しながら言う。


 執事がアッシュに何か耳打ちをする。


「ジーン。丸焼きならば、あちらの店が魔物を使っているそうだ。焼きあがるところだ」

「お?」

アッシュに袖を引かれて、屋台の前に連れていかれる。他も美味しそうだけれど、鳥ならともかく、丸焼きって自分でやる機会がないから、つい選んでしまう。


 ざわざわとした喧騒の中で、アッシュと二人、肉を乗せたパンにかぶりつく。トッピングは玉ねぎ、味付けはシンプル。


 柔らかくって、ほんのり甘みのある肉汁が溢れる。とにかく匂いが空腹に効く。

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