第627話 大賢者の伝説
二日後。
「これです」
テーブルの目立つところにランタンを置く俺。
みんなの予定があった夕食どき。ハウロンの希望で、食事ではなく最初から酒と肴が用意してある。ディーンには肉、ディノッソには軽い食事を出してるけど。
「ランタンか?」
肉を頬張りながらディーン。
「実用的にも見えるけれど優美だね!」
ワインを口にしながら眺めるクリス。
「……継ぎ目がねぇ」
目敏いレッツェ。
「精霊銀だ」
「……精霊銀だって、パーツを作って組み合わせるんだよ。言っておくが、普通は動かねぇ」
動きませんでした。
「『精霊銀だ――から形は自在に変えてくれます』の略か……よくわかるな」
「『精霊銀だ』で継ぎ目のない説明になっていると思っている、という推察がいるのね。継ぎ目の話には触れずに素材の説明にいったのかと思ったわ」
ディノッソとハウロンが俺とレッツェのやり取りを見ながら言い合う。
「まずはレッツェ様にお話を聞いていただき、概要を理解するほうがダメージが少のうございますな」
ハムを切り分けながら執事。
「動く精霊銀はとても美しいが……」
精霊銀のブレスレットを眺めながらアッシュ。アッシュの手首で精霊銀が緩やかに水紋を変えながら動いている。
「アッシュ様……」
困ったような執事。
「それもジーン作だ。一般的に動かない」
ディノッソ。
本日のメニュー。
新玉ねぎと桜エビを薄いパイ生地の上に載せて焼いたもの。鯛、海老、ハマグリの――オリーブオイルの揚げ焼き料理みたいなの。塩漬けで発酵させたキャベツとソーセージを白ワインで煮込んだもの。スズキの香草パン粉焼き。ローストビーフ、生ハム入りサラダ、パンとチーズとハム各種。
薄切りにしたパンにアクアパッツァを載っけて食べる。うん、鯛はふんわり柔らかな身だし、エビの出汁も貝の出汁も出てて、熱の入ったトマトの甘味と酸味もいい感じ。
ディノッソとクリスは海老が結構好きなようで、海老を食べている。出汁が出るように頭つきなせいで、ディーンはちょっと嫌っぽい。川海老の唐揚げとか、小さいのは平気だから、でかいのがダメなんだな。
「で、何のためにつくったんだって?」
「『滅びの国』の幽霊避けのため」
レッツェに答える。
なんの用意もせずに勢いだけで行ったら、ちょっと無理でした。触られるのやな感じだったし、避けるにしては伸びてくる手が多かったし、避けた先にもいるし。
俺が避けるんじゃなくって、あっちに避けてもらうのがいいかなって。
「『滅びの国』……」
クリスが珍しくショックを受けたように動きを止めた。
「ああ。お前、故郷近いもんな。人が入ることができない
ディーンがクリスに確認する。
「入ることができないというか、一度入ったら絡め取られて出られないと言われていたね。何百もの黒い手が追ってくるって」
真面目な顔でクリス。
「あそこ、最初は誘いこむためかなんてことないのよね。ある程度奥まで進むと本格的に襲ってくるのよ」
ハウロン。
「行ったことある?」
「風見鶏の向きを変えにね」
ハウロンが俺に向かってウィンクして、ローストビーフに手を伸ばす。
これはあれだ、大賢者の有名エピソードがあるんだな? 本人たちが側にいるのと、割と怪しい伝説もあるせいで、伝説の人たちの学習してない。
王狼バルモア、影狼、大魔導士ハウロン、氷雪のシヴァ、大輪の聖女の5人に加え、時々出てくる【収納】持ちの女性。女性は確か、フルールさん。
ナルアディードと北の大地の間を行き来して、荒稼ぎしてるとソレイユから聞いた。【収納】あれば稼げるよね。
たぶんノートは名前を出さずに活躍してたんだろうけど、大輪の聖女は何て名前だろう?
「風見鶏って?」
「『滅びの国』に『朝を告げる風見鶏』というのがあってね、それが東を向いていればよし、そうでなければ幽霊が島の外に溢れ出すのよ。船の上から矢を放って、ほうほうの体で逃げ帰ったわ。うまく当たってくれたけど」
ハウロンがため息をついて、ワインを飲む。
「後でおすすめの本教えてやるよ」
ディーンがニコニコと言う。
どうやら大賢者の活躍は本になっているらしい。でもディーンが勧めてくるなら、ハウロンの活躍話と見せかけて、
「このランタンはどういう効果なのかね? 美しいだけではないのだろう?」
「うん。中に精霊が入ると、幽霊避けの魔法陣が発動してランタンの光が届く範囲に幽霊と黒精霊が寄って来れなくなる」
アッシュに答える俺。
アッシュ用にもう少し装飾を増やした小ぶりなランタン作ったんで、後で贈ろう。
「本当に『滅びの国』に行く気でいやがりますのね……」
時々言葉遣いが怪しくなるディノッソ。
やっぱりハウロンの影響だろうか。行く気満々だし、一度行ってきたけど。
「一緒に行く?」
「軽いノリで誘って来ないで!?」
誘ったら伝説の王狼に目を剥かれました。
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