第628話 本題に入る
「ランタンに問題なかったら、明日あたり行くから暇なら。お弁当つくるよ?」
「ピクニック!?」
ディノッソ。
「ピクニックならもっと景色が綺麗なとこじゃないか?」
「そういう意味じゃないからね!?」
どういう意味だろう? 困惑して視線を彷徨わせる。
「弁当持って気楽に行くような場所じゃねぇってこった」
目があったレッツェが教えてくれた。
「魔の森にも弁当持って行くよね?」
「魔の森の浅いところで……アナタ、魔の森に家持ってたわね……」
ハウロンが勢いよく言いかけて、途中で目をそらす。
「あそこ、寒い日は暖炉がいい感じだし、暑い季節も涼しく過ごせるし、気に入ってる」
読書しながらゆっくり静かに過ごしたい時とかいい感じだ。
周囲が黒精霊だらけなせいか、ユキヒョウの結界のせいか、精霊がわさわさ出入りしてるってこともなくって落ち着いた場所だ。
「黒山にも行ってるのだものね……」
表情の落ちた顔でハウロンが言う。
何か諦めた気配!
「有名な風光明媚な場所も、人が知らない隠れたる優美な場所もたくさんある、『滅びの国』は別荘には向かないと思うよ?」
心配げな顔でクリスが言う。
クリスは『滅びの国』に近い島出身、この中ではハウロンに次いで詳しいのかな?
「あそこ、流石に長居したくない」
餌もらってる池の鯉並みに黒い影が集まってくるんだもん。
「よかった」
「普通の感覚だった……」
ほっとため息をつくハウロンとディノッソ。
ひどくない?
「やっぱ『滅びの国』ってすげぇの?」
ディーンが聞く。
「魔の森の魔物は倒せるか倒せないかはともかく、触れるでしょ? 『滅びの国』にいるモノは、触れないの。あっちは触れるのにね」
肩をすくめるハウロン。
「うへ」
ディーンがハウロンの話を聞き、嫌そうな顔で酒を口に運ぶ。
「悪いことをすると両親によく脅されたよ。『滅びの国』から手が伸びる、黒い手に連れ去られたら、お前も黒い影になって永遠を彷徨うんだって」
クリスが昔を懐かしんでいるのか、遠い目をして言う。クリスが悪いことをするってあんまり想像できないけど。授業も真面目に受けてそうなイメージだし。
「そう、『死ねない』のよね。『魔の森』には、生活のために様子をうかがいながら浅い場所に出入りする。『黒山』は命知らずが財宝目当てと、自分の勇を見せるために突っ込んでいく。けれど、『滅びの国』は特殊なのよ。命を惜しむことを是としない者たちだって、近づかないの」
ハウロンが言う。
「黒い影のお仲間になるのは嫌だからな」
そう言って料理を口に運ぶディノッソ。
「そこでこの幽霊避けです」
このランタンですよ。
「幽霊避けの魔法陣は、パウロルおじいちゃんに聞いて作ったから大丈夫だと思うんだけど、何か改良点があったら教えてほしい」
本日の主題です、よろしくお願いします。
「どうしても行くの?」
ディノッソが半眼で遠い目。
「待って。パウロル? よくいる名前ではあるけれど、もしかしてアノマの神殿の――?」
「元神官やってたって言ってた」
光の神ナミナ、あの玉とは絶対違う精霊に仕えてたおじいちゃんです。
ディノッソとは山脈の南側で出会って、北側で再会したけど、パウロルおじいちゃんは元は北側にいたのに南側で出会ったんだよな。なんか感慨深い。
そういえばクリスの弟はどうしてるだろ? 火の神殿の雫はもう手に入れたのかな? 深く考えずに俺が先にもらっちゃったからな。二度目の挑戦は成功してるといいな。
「うううう。精霊の見えない精霊を動かす者、見えない精霊を書き出す者……、聖者パウロル」
「無茶苦茶有名?」
なんかいっぱい二つ名がある気配!
「アタシと違ってあちこち顔を出すような真似をしないから、一般の知名度はそうないけれど、とても有名よ!」
知名度はないのに有名。あれだ、その専門分野で有名なんだな? ハウロンがフィールドワークをこなしてあちこち行く学者なら、パウロルおじいちゃんは引きこもりの資料に埋もれる感じの学者肌?
「雑な理解中の顔してる」
ちょっとレッツェ、酒片手に俺のほっぺた伸ばすのやめてください! 俺のほっぺたの扱いが雑……っ!
「緻密でいて無駄がないスッキリした配置。いくつか聖者パウロルの魔法陣は見てるけれど、ますます洗練されているわね」
ハウロンは探求モードに入ったみたいで、指先でなぞりながらランタンを仔細に見てブツブツ言い始めた。
「東の『魔の森』、北の『黒山』、南の『竜の狩場』――西の『滅びの国』でコンプリートでございます……」
執事がどこか遠いところを見て呟いた。
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