第224話 ようやく平穏

 俺が突っ伏していると今度はレッツェとディーンが来た。


「ん? 馬の用意に行ったんじゃないの?」

「もう広場に待機状態だ。だからお迎えと荷物運び要員」

「クリスも最後に兄弟水入らずがあった方がいいだろ」

ディノッソにレッツェが答えて、ディーンが肩をすくめて付け加える。


「で? これは?」

「ああ、ちょっと刺激が強い会話を耳に入れて撃沈中」

ディーンの言うこれって俺か。


「何だ? 子供の二人や三人いる年で、胸の一つや二つで動揺しているのか?」

部屋に入ってきたリリスの声。


 こっちの世界ではそうかもしれないけど、日本では違うの! そう怒鳴る訳にもいかず、顔を上げて文句のために口を開いたところで止まる俺。


「む……。男子は揉みたがるものだと認識していたのだが」

困惑したのか、怖い顔になってるアッシュ。揉むよ、揉むけど何でもいい訳じゃないから、悔い改めて!


「あー。アッシュのそれは騎士団の知識?」

「うむ。よく同僚がそのような話をしていた」

レッツェの疑問にアッシュが答える。


「騎士団はコイツ系だから、意見を参考にするのやめとけ」

そう言って、ディーンを親指で指す。


「褒められてそうでいて褒められてねぇよな!?」

助平だって言われてると思います。全く褒められてないぞ、ディーン。


「む……」

「普通にしとけ、普通に」

ありがとう、レッツェ。今度冷んやりプレート贈る。


「普通にしていたら進むものも進まないと思うけどね」

「ぶち壊れるよりマシだろ」

呆れたようなリリスにレッツェが言う。


「リリス様、ゴルド様とのことは諦めたほうがよろしいかと。性別が折り合わず、ということもございますし」

黙っていた執事が口を挟む。


 ゴルド様? 性別?


「リリス様の兄上、ディーバランド家当主です。そろそろお子が生まれると伺っております。ご自分がアーデルハイド家に入る代わりに、アッシュ様のお子にディーバランド家を、ということかと」

疑問の浮かぶ俺の顔を見て、執事が説明してくれる。


「追い出して、乗っとるような形になるからね」

肩をすくめてみせるリリス。


 ああ、年が違いすぎるとロリコンかショタコンになるから急いでたのか。――それにしてもロリコン案件多くない?


「そのようなことを考えていたのか? 気持ちは嬉しいが、不要だ」

「悪かったよ」

アッシュと俺に謝るリリス。


「でも君の子にはそういう選択肢もあるって覚えておいて欲しい」

アッシュに向かって、弱く微笑む。


 破天荒に見えて貴族の価値観を持っているリリス、だから家を捨てた友達アッシュとちょっとすれ違って、その分ちょっとさみしいのかもしれない。


 子どもの話は、決して精霊を見る能力を取り入れたいだけじゃないって思いたい。この人のことだから、家のための打算とアッシュへの友情もどっちも同じだけあって、器用に両立させてるんだろう。


 嫌いじゃないけど、ちょっと苦手。アッシュには悪いが、リリスが国に戻ることが確定してホッとしている俺がいる。ぐいぐい来る女性からは、どうも逃げたくなる。


 色々あって遅刻気味で広場へ。リリスと侍女さんの荷物はレッツェとディーンが連れてきた馬に乗せて運ぶ。街中では広場と大通り以外は馬に乗っちゃいけないので、手綱を取って歩く感じ。


 広場についたら馬のほかに馬車が三台。どうやら戦利品――じゃない、商談で得た商品第一弾が積載されているようだ。鞍を乗せた馬もいて、どうやらリリスだけでなく侍女さんも馬に乗る模様。


 愛馬と一緒にリードがいる。


「リードがすすけてるけど大丈夫か?」

なんかキラキラしてたのが色落ちしたような印象に。リードの愛馬が顔を寄せて慰めている。


「やるべきことを見つければすぐに元に戻るよ。よくも悪くも一直線だからね」

何度も大丈夫か聞いてしまう俺に、嫌な顔をせずに返事をくれるクリス。


「それにしても馬車三台か……」

ディノッソが言う。


 さらに取引相手っぽい商人が数人見送りに来ていて、リリスに挨拶中。


「やべぇ、領主の家令までいるじゃねぇか」

レッツェが呟く。


 領主より冒険者ギルド、商業ギルドのほうが力を持っていて、転出転入が多い中でうまくやっている。領主は面倒ごとは丸投げで、両ギルドからの上がりで潤ってるので特に文句がない状態で、そこに『精霊の枝』が微妙に絡むのがカヌム。


 他の町と違って普段の生活ではあまり領主の存在感ないんだけど、やっぱり目の前にいると驚くし、頭を下げるみたいなそんな感じ。領主館に招かれたとも聞いたし、籠絡済みっぽい。


 リリス、辣腕らつわん


「ティナ、すまない。今の私には自分の心に自信が持てない」

「いいのよ、素敵な時間だったし! 自慢できるわ」

こっちはこっちでリードがティナの前にひざまずいて何か始まってる。


「ティナ殿は寛大で可愛らしいな。それに三つ編みも似合っている」

ティナが屋台で買ったらしい花を、リードに一輪贈る。それを見ながらアッシュがつぶやく。


 今日のティナはシヴァに髪を編み込んでもらって、ちょっとよそ行きの服を着ている。いや待て、あの編み込みは三つ編みの認識? 俺でも違うもんだってわかるぞ?


 俺の頭をティナとお揃いにされても困る。許容は三つ編みまでの約束なんだが、アッシュの中でその三つ編みの範囲が広そうな気がしてきた。 


 以前編んでもらった俺の頭のザリガニも、三つ編みじゃなかった疑惑。あの時、できを気にして止めるか聞くアッシュに、続けていいと言ったのは頭皮マッサージみたいで気持ちよかったからだと正直に伝えた方がいいんだろうか。

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