第420話 ウサりんご

「おう、ジーンいる?」

扉を叩く音と、ディーンの声。


「いるぞ。開いてるからどうぞ」

そう声を返すと、扉が開いて布袋を下げたディーンが入ってくる。


「これやるわ。なんか取り込み中か? レッツェ以外が撃沈してねぇ?」

「してない、してない」

差し出された布袋を受け取って中を覗く。


 グミとサクランボとクランベリーを足して三で割ったみたいな、赤くてちょっと細長い実がたくさん。


「サクランボ」

「俺の知ってるサクランボと違うけど、ありがとう。ジャムがいいのかな?」

もぐっと一つ食べたら酸っぱかった。味はうんとすっぱいサクランボ? ちょっと渋みもあるかな?


「果実酒かジャムだな。あんま美味いもんじゃねぇけど、ちっと珍しいかと思って」

どうやら、ディーン的にはイマイチなものだけど、食ったことがないものを俺が喜ぶんで、ギルドの依頼がてら森で取って来てくれたらしい。


「おー、ありがとう」

小さいしこれだけ採るのは結構手間だったはずだ。食べたことのない物は大歓迎、重ねてお礼を言う。


「これりんごか? 俺の知ってるりんごと違うけど、食っていい?」

「どうぞ。ただ、食うと魔力が……」

「いいわけないで……っ!」

俺と、がばっとこっちを見たハウロンが言い切る前に、ディーンがお口をもぐもぐ。


「食べた!?」

驚いてるディノッソ。


「ディーン殿……」

何か言い淀んでいる執事。


「得体の知れんものを躊躇ちゅうちょなく行ったな」

ちょっと唖然としたカーンが言う。


「ジーンの出す食いもんだろ? ん。酸っぱいが、その辺にあるのより甘いな。渋さもない。脂たっぷりの肉の後には良さそうだ」

飲み込んでディーンが言う。


 こっちのりんごは――りんごにかかわらず、果物の類は酸っぱいので大体ジャムか、ケーキなんかの加工食品にされて、生で食うのは珍しい。


「なんだかんだ言うこともあるが、ディーンは毎度ジーンの出した物を無防備に口に入れるし、効果を楽しむよな」

「大体美味いし、変な効果ついてるのも悪いもんじゃねぇしな」

小さなため息を吐きながら言うレッツェに答えるディーン。


「ああ。だが、俺はお前の豪胆さがちょっと羨ましい」

レッツェが頬杖をついて、ディーンを眺めながら言う。


「それを言うならジーンもだろ。俺が取って来たもんは疑いなく口に入れるし。たまに毒の実でも食うんじゃねぇかと不安になる」

俺の方を横目で見て、ディーンが怖いことを言ってくる。


「毒の実混ぜるのはやめてください」

確実に食うだろうが!


「美味いヤツと毒のヤツと見分け難しいのがあんだよ。そういうのは避けてるけどな」

「美味いの?」

「俺じゃ見分けるの自信ねぇから、今度、レッツェに連れてってもらえ」

なんだなんだ? 俺の知らない美味いものが森にあるのか?


「連れてくのはいいが、話がずれてるな」

ディーンからレッツェに目を移すと、呆れ顔。


「……確かに男に美尻など、微妙な気分にはなりはしますが、ジーン様が持ち込まれるのは、基本的に良い効果でございますな」

「精霊の悪戯の結果、食べると豚になる果物とかあるものねぇ」

執事とハウロンが言い合う。


「そんな怖い食い物出回ってることあるのか?」

「大体、見かけも変わってるから市場に紛れることは滅多にないわよ」

ハウロンが手をひらひらさせる。


 って、滅多にってことは、あるんじゃないか! ああでも、細菌とかこわくて買い食いとかの時は【鑑定】してるから大丈夫か。ちょっとドキドキする。


「またずれてる、ずれてるぞ。――この黄金のりんごの効果は、食うと精霊力を貸してくれやすくなって、さらに分けてくれる力を腹に貯めて置けるようになるんだそうだ」

ディノッソがウサギりんごをつまみ上げて、ディーンに説明する。贅肉みたいに言うのやめろ。


「え、マジで!? 脚線美とかじゃねぇ……ないんですか!?」

ディーンがディノッソにツッコミかけた。


「何を求めてらっしゃるのか……」

「仕方ねぇ、前科が前科だしな。やっぱり俺は、食う前に確認しとくわ」

執事とレッツェが視線を泳がせる。


「ま。力を求めるやつにゃ、喉から手が出るほど欲しいウサりんごだな」

そう言って、摘んだりんごを口に放り込むディノッソ。


「すっぱ!」

「あら、食べるのね」

ハウロンがディノッソに言う。


ジーンこいつに名を貸すには、王狼の二つ名も、伝説の金ランクって呼ばれ方も、足らない気がしてきたからな」

「う……」

どこかさっぱりした顔で言うディノッソに、言葉に詰まるハウロン。


「アタシ、王狼よりミステリアスな大賢者なんだけど。足りる気が全くしないわ……」

ディノッソとウサりんご、執事、カーンに視線を彷徨わせるハウロン。


 とりあえずミステリアスに突っ込んだ方がいいのかどうか悩む俺。


「強くなるのは悪いことではございません。むしろ望むことではございますが……。これを食べると常識からは離れそうでございますね……」

そう言って、ウサりんごを口にする執事。


「……」

ため息をついて、ハウロンがウサりんごに手を伸ばす。そして丸呑み。


 丸呑みなのおじいちゃん!? 喉に引っかからないの!? 喉に詰まって窒息とか、老人と子供に多いんだぞ?

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