第381話 カーン、諦める
「ただいま」
「おう」
「おかえりなさいませ」
部屋に帰ったら、ディノッソと執事がいた。
「あれ、ウズラ足る?」
後ろのレッツェを振り返る。
「何の心配をしてるんだ、その前に地形の心配しろ」
さっき目があったディノッソ。
「買い食い帰りに何でそんな壮大なこと憂えなきゃいけないんだ?」
「お・ま・え・が! その壮大な神を持って帰ってきたの! 川の蛇行を頼んだの! わんわんなの!」
ディノッソがわんわんって言うとちょっとおかしい。
「せめてジーン様を逃が……座っていただきましょう」
ちょっと執事! なんかいつもの笑顔のまま不穏なことを言おうとしなかったか!?
「あー。カーンとハウロン、は、……わんわんの名前にいきあたったんだな。まあ、ハウロンはうっすら思い当たってたみてぇだしな」
レッツェの視線の先、二人が部屋の影になる場所を向き、
アサスは壁際のサイドボードみたいなやつに、袋ごと飾られている。高そうな布が敷かれ、花が飾られているのに麻袋。気に入ったんだろうか……。
「地形って言っても、この辺は平だからそう変化ないだろ?」
寝椅子のような椅子に腰掛けて、机の上のものをどける。
「この対岸が見えねぇエス川の蛇行っつったら大事だろうが」
ディノッソが俺を見て文句を言いながら、片付けを手伝ってくれる。お父さん、マメだな。
「カーンの神殿あたりって魔物が強すぎて集落ないじゃん。エスも昔流れてた場所らしくってなんか気軽だったぞ」
テーブルの上でウズラを包んでいた葉を開き、部屋にいる人数分に切り分ける。
茄子の田楽、チーズ、炒めたカシューナッツ。日本のものを少々まぜつつ、馴染みのあるチーズと、エスにもあるカシューナッツ。ビールをどん。カーンのためにワインをどん。
「だからお前と神々の気軽は、一般的な気軽の範囲で済ませちゃいけないの!」
ディノッソがウズラをかじる。
執事がカーンとハウロンを回収してきた。ぐっとワインの入った杯を呷るカーン。ハウロンも続く。
「何故貴様はよりによって嵐と戦の神にわんわんなどと――いや、彼の神が好んでジャッカルの姿をとることは知っている。が、間違っても犬ではない。獰猛で真っ黒な荒々しき姿だ」
杯をテーブルの上に置くと、一気に言うカーン。そっと執事がおかわりを注ぐ。
ジャッカルって、耳が大きくて、鼻がスッとしてて狐っぽいよな。かわいい。
変に反論せず、炒めたカシューナッツをもぐもぐしている俺。なんかほっぺたの片側をレッツェが引っ張ってくるけど、気にしない。
「アサス様にお伺いして、状況はわかったけれど、何故そんなことになったのか……」
ハウロンがため息をつく。
「ずっと痴話喧嘩してるのがいけないと思います」
巻き込む人間を待っていたとしか思えない。
レッツェにむにっとほっぺたを引っ張られる。
「説明頼む」
「ああ……」
レッツェの催促に、カーンが答え、ハウロンが説明を始める。レッツェの目がだんだん半眼になってゆき、口が開く。
「うわあ、いつまでも豊穣の神を閉じ込めておけないし、押し付ける相手を待っていたかんじか。そこにのこのこジーンが行ったと」
「のこのこ行って、偶然神々の思惑に捕まったのはコレだが、より混乱させたのもコレだ」
カーンが重々しく言う。
「出てきた神々も、嵐と戦だかの神があっさり契約で縛られるどころか、妙な名前に上書きされるとは思ってねぇだろうなぁ」
妙に感慨深そうに言うレッツェ。
「ありえん状況だが、アサス様は有り難く地下神殿に。――約束を違えれば、嵐と戦いの神も怖いが、エス様が恐ろしい。まさかこのような形で懸念が取り除かれるとは思わなかったがな」
S様……。
ディノッソのわんわんに続いて、今度はカーンの口からS様。俺はどんな顔をすればいいのか。まあ、ほっぺたは引っ張られてるけど。
「今回、巻き込まれたのはしょうがないとして、ジーンは見た目の印象で精霊の名前を適当に呼ぶのを何とかしろ、な」
「なるべく頑張る」
「神聖で、準備に時間をかけ、時には命懸けの契約を……」
ハウロンが泣いている。
「二人が出かけてる間に、カーンたちは諦めたらしいが、あんまり変なもの拾ってくるなよ?」
ディノッソが言う。
「いっそレッツェがジーンについて歩いてくれれば……」
「無理!」
カーンが言い切る前に、レッツェが言う。
「ついてて貰えば安心なんだけど。依頼料なら払うわよ?」
「秒で死ぬ」
ハウロンの勧誘にも間髪入れず答えるレッツェ。
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