第380話 念願の!

 ふんふんふん。


「どこに行く?」

「お前は元気だな……。帰ったらまた話を聞くことになるんだからな?」

「はいはい」

食べ歩きにの後なら、多少時間が取られても平気。


「ちょっと行ったところに、食材メインの市があるらしいからそこ行くか」

「おー!」


 そういうことになったので、エス川に沿って歩く。エスはエス川の河口に張り付くようにある。河口は川幅が広すぎて対岸が見えない。日本の河川のイメージが先行する俺には、海に見えるくらい。


 日が暮れると暑さに息を潜めていた人たちが出歩き出し、そこここで立ち話を楽しんでいる。座り込んでる人もいるけど。


 ナルアディードでもなんか夕方になると家族総出で散歩して、ちょっとした場所でご近所さんと座り込んで話してたな。それで島にも小広場をちょこちょこ作ったんだっけ。


「あれかな?」

レッツェの視線の先に、川岸には荒屋あばらやが並び、川に野菜や果物を積んだ船が見える。


「町の人向けの食べ物市なんだ」

雑多な物が色々売っているが、そのほとんどが魚やナツメヤシとか食べ物だ。


「ハウロンから食べ歩きで人気なのは、焼きトウモロコシって聞いたが、まだ出回るには早いな」

「あれ食べたけど、素材の味ダイレクトというか、素材の味が甘くないというか、微妙だったぞ」

せめて醤油をつけて焼きたい。


「慣れるとクセになるらしいぞ」

笑って言うレッツェ。


 エス川でとれた魚やエビの数々。ナマズ? ちょっと見たことのない魚も多い。


 最初に買ったのは、そら豆を煮込んだものに、クミン、塩なんかで味付けしたものをクレープ生地みたいなやつで包んだ物。


「こっちの揚げ物もそら豆だな」

「緑色すごいって思ったら、緑の葉物も刻んで入れてるのか」

レッツェが買ってくれた平たいコロッケみたいなのを割ると、鮮やかな緑色。


 こっちではそら豆をよく食べる、あとモロヘイヤ。


「モロヘイヤ用の包丁発見」

モロヘイヤはこの三日月型の包丁で叩き潰すように切ると、よく粘りが出るらしい。俺はネバネバしなくてもいいんだけど、購入。


「あんまり変な物買い込むなよ?」

「はい」

目移りしつつレッツェと狭い売り場を歩く。


「お? ソーセージ?」

レッツェが立ち止まる。


「本当だ、こっちで初めて見た」

さっそく買って、ぱくっと。


「ん?」

「あれ?」

腸に詰められてるの、肉じゃなかった!


「なんだ? 豆?」

レッツェが不思議そうな顔をして、かじった断面を見ている。


「違う、お米」

おおお、これで交配ができる!


「この料理してないやつ欲しい!」

ぜひ!


「ならそれも見ながら歩くか」

「うん、もみがいいな」


 ソーセージみたいなやつは、どうやら腸に詰めて一度煮た後、揚げてある? 熱いけどなかなかおいしい。


 他にもブドウの葉に包んだ米、牛乳で煮たっぽい米、蕪の葉で包んだ米と見つけた。パンが主食で、米はおかずっぽい。


「ごふっ!」

「こりゃまた甘い」

レッツェも口もとが歪んでいる。


 五センチ四方くらいに切り分けられた、蒸しパンとスポンジケーキの間みたいなやつを食べたら、死ぬほど甘かった。エスのデザートってだいたい甘いんだが、それの中でも甘い。


「ウズラ半分食うか?」

「食う」

もう俺もレッツェもお腹が苦しくなってきたが、さすがにあの甘いので締めるのは――なので半分こ。


「おう、俺の特製のタレだ!」

焼いていたおっさんの言う通り、ウズラを平たく伸ばしてタレにつけてこんがり焼いたもののようだ。


 レッツェに半分に切ってもらう。ニワトリより肉の味が濃くって美味しい。


 季節的にないかなと思った籾も無事入手。こっちは気候も違うけど、洪水の後に色々植えるもんだから、冬に小麦や米を作って春に収穫なんだな。


「さて、腹一杯になったし帰るか」

「何か土産買ってくか?」

「……土産」

レッツェが呟いてジト目になる。


「お前、なんで麻袋なんかにアレ入れてたんだ?」

「いや、なんかあの柱部分ってけっこう人に見えるらしくって。街に入ってからそれに気づいて慌てて入れた」

「なるほど。それはまあ仕方ねぇな。――リボンはなんだ?」

「プレゼントだし」

「人に贈っていいかどうか、ちったあ考えろ」

「エスの女神には確認とったぞ?」

「エスの女神もズレてんのかよ」

あちゃーみたいな顔をしつつ、ウズラを買い食いした店の前で止まってウズラを買うレッツェ。


「ところで愚弟わんわんのわんわんって、犬のことか?」

「うん。外見犬なんだ、人にもなれるけど」

椰子の葉で包まれた焼きウズラを下げて宿に向かう。


「意味が分からねぇ中、わんわんだけ聞き取れるのも困る。ハウロンが虚に呟いてた中身からして、麻袋の中身の弟で、共々に強い神なんだろ?」

「たぶん? 麻袋の中の神様、切り刻んでたみたいだし」

「物騒すぎだろうが」

途中、立ったままチャイみたいなのを一気飲み。


「ハウロンとカーンが気づいてねぇっぽいんだよな。周りに幼児がいない環境だったろうし。だがいつバレるか――バレないといいな」

「一応言っておくけど、わんわんは事故、事故だぞ? まさか名前を呼ぶだけで上書きして契約になるとは思わなかったんだ」

釈明する俺。事故です、事故。


「……お前、それカーンたちに言うのもう少し待とうか。落ち着いてから教えてやれ」

ピタッと止まって俺に言うレッツェ。


 事故なんだってば!

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