第634話 風見鶏を眺めながら

「足元悪りぃな」

ディーンが言う。


「霧が濃いから石の表面につくのかしら? でもこれ、石から滲み出てるようにも見えるのよね」

ハウロンが座り込んで地面を掘りたそうな雰囲気。


「掘るなら休憩中にしとけ。ここで止まるの嫌だぞ」

ハウロンに対して同じことを感じたらしいディノッソ。


 足元は石、所々しんなりした髪の毛みたいな草が張り付いている。そして全体的に湿っていて、とても滑る。周囲には黒い幽霊がたくさん。


 海沿いに歩いているんだけど、海岸は崖、反対側も崖。段丘? まあ、壁になってる方の崖が黒い影を落とす場所なんで、せめてこの影からは早く抜け出したいのは俺も同じ。


 ランタンあるから平気だけど、黒い幽霊が重なり合って崖から滑り落ちてきそうでとても嫌。崖から黒手が生えてるのも嫌。


 ランタンは相変わらず光の届く範囲の影を消す。凹凸があっても歪むことなく円状に、光を遮蔽しているはずの場所にも影はなく――影のない顔はなんかのっぺりしていてお互い変な感じ。


「このランタンの光も不思議だな。ジーンのさっき言ってた八重の影のできる光と対極か?」

ハウロンもだけど、レッツェも色々気になる様子。


 そういえば蒸発現象だっけ? 車のライトが対向車と交わって、光が当たった歩行者が消えるやつ。いっぱい光があったら影ができるどころじゃない、でもでもたくさんできた。それは本当に影だったのか?


 パウロルおじいちゃんに教わりながら作ったランタンも、ランタンそのものの光でできる影さえ消している。


 レッツェが言うように、対みたいだ。これ、消されてるのは影なの? なんか別な不安が生まれたんだけど!


 やばい幽霊より自分の作ったランタンが怖くなってきた。いや、でもパウロルおじいちゃんだし! 仕組みはわからないけど安全だから大丈夫。ドキドキした、自分とハラルファやミシュトだけだったら、別方向で信頼できないクオリティになるとこだった。


「って、ディーン。くっついてくるな」

「黒い幽霊が突然横切ったりすると、剣を抜いてうっかり外でちまいそうなんだよ」

「つい身構えてしまうよね!」


 レッツェ大人気。


「ジーン、もう少し寄った方がいいのではないかね?」

気を使ってくれるアッシュ。


「ああ、ありがとう。大丈――」

大丈夫と言おうとしたらレッツェにランタンにつけた棒の先でつつかれた。


 何だ? 寄ればいいの?


 疑問に思いながらアッシュのそばに寄る。――あっ!


「えーと。手を繋ごうか?」

「うむ」


 漫画のお化け屋敷回とかでは定番だね!!! アッシュが悲鳴を上げて抱きついてくるとかいう展開はないと思うけど!!!


 ディーンに無言でニヤッと笑われ、ハウロンとディノッソには何故か可哀想なものを見る目で見られた。


 慣れてないんですよ! 


 そんなこんなで歩いているとやがて陸側の崖が途切れ、見晴らしのいい場所へ。眼下には地面を齧りとったような真っ黒な海と、黒い建物のシルエット。光も何もない島だけど、揺蕩う青白い霧が妙に明るく見える。


「お? あれが風見鶏か?」

ディーンが目の上に手で庇を作って遠くの一点を見ている。


 視線を追うと、港町の塊からちょっとだけ外れた建物の屋根の上、風見鶏っぽいもの。


「そう、あれの方向が――って、ズレてるじゃないの! 何でよ!!!」

「え、あれずれてるの? 視力いいな?」

ハウロンの叫びに隣でディノッソ。


 ハウロン、老眼には遠いみたい。いや、老眼ってダメなの近くだっけ?


「城跡を向いてるはずなのよ」

「城跡って、あっち?」

海から続く川の先を指さす俺。


「そうよ、霧が濃くって目標らしい目標が見えないから、方向があやしくなるけど」

ハウロンが言う。


「確かにちょっとずれておりますね」

「よく見えねぇ……」

執事の言葉にディーン。


 執事も視力いいな?


「こっちのことには詳しくないが、まずいんだな」

眉間に皺を寄せるディノッソ。


「ええ。とても」

風見鶏を眺めてハウロン。


「また黒い手が海の中に伸ばされるのは怖いけれど、これは大賢者の仕事の再現が見られるチャンスだね!」

緊迫しかかった雰囲気を破って、クリスが笑顔で言う。


「おお! 本人による伝説の再現、贅沢! 何でも手伝うぜ!」

カラカラと笑うディーン。


「すぐどうこうじゃないんだろ? とりあえずお弁当食べようか?」

なるべく平なところを選んで防水&クッション入りのシートを敷く。


「あんたたち……。そうね、いただきましょうか」

ハウロンが小さなため息をついて、シートの上に座る。


「腹が減ってはなんとやらだしな」

ディノッソ。


「ランタンは真ん中でいいな?」

レッツェがシートの上にランタンを据えて、準備の完了。


「よし!」

【収納】から弁当を取り出して並べる俺。


「主食はこっちとこっちね。おかずも色々用意したぞ」

グラスと取り皿なんかを出すと、執事が配ってくれる。


「ワイン……ここでなの? このタイミングで飲んでいい?」

さらに取り出した瓶を見てディノッソが言う。


 空のグラスを持つ姿は、飲みたさと理性の間の葛藤っぽい。


「一杯だけなら景気づけかしら……」

ハウロン。


 なんだかんだ言って、二人とも飲むの好きなんだよね。

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