第91話 酔っ払い

「ばっさりお願いします」

「――できかねます」


 執事に髪切りを頼んだら断られた!


「髪売るくらいなら金貸そうか?」

レッツェが言う。


「金はある。なんで髪を売る話に?」

「金がなくて自慢の髪を売るパターンかと思って」

肩を竦めるレッツェ。


「ジーンの髪は綺麗だ」

アッシュが言う。


 髪は普通だろ、と答えようとして思いとどまる。何の手入れもしていないが、髪を洗う水が違う。こっちの硬水で洗っていたら手入れをしないとバリバリだろうけれど、確かにその辺の住人よりは艶がある気がしないでもない。


「単に洗うのが面倒になってきただけだ」

だいたいカツラにできるほど切ったら坊主になる。


「貴族じゃ伸ばすのはやってるし、そのまま伸ばしたらどうだ?」

「面倒だ」

レッツェが勧めてくるが、面倒なものは面倒なのだ。いっそもう自分で刈り上げようか。


「じゃあ後で俺が切ってやるから、自分で切ったり坊主にしたりするなよ?」

レッツェが俺の行動を読んでくるんですが……。付き合い短いよね? 俺はそんなに底が浅いんだろうか。


「そのうち使用人を雇われては……」

髪を洗って乾かす為だけにか執事よ。


  討伐隊が帰ってきて、ギルドで報告中。ディーンとクリスの無事を祝って飲むからと誘われ、牛パーティーの店に三人集まって主役の二人が来るのを待っている間の雑談だ。


 レッツェはともかく、俺やアッシュは付き合い短いんだが……。クリスはよくわからないけど、ディーンは友達多そうなのにちょっと不思議だ。


 妹関係で友達なくしてるとかそういう……? 


「いた、いた」

ディーンが店にどかどかと入ってくる。

「おお、久しぶりの友よ!」

ディーンとクリスって騒がしさの方向が違うけどどっちも賑やかだな。


「ねぇちゃん、ワイン樽で!」

席に座り切らないまま店員に酒を頼むディーン。


 お帰りとお疲れ様で無事を祝って乾杯。どうも木のカップというのがワインと合わない気がしてしょうがないけど。


「アメデオ様たちはいかがでした?」

執事が話題を振る。


「三人はさすが金ランクって感じかな。アメデオの身体能力はさすがだし、他の二人とよく噛み合ってる」

「正直、精霊武器は羨ましいね。私もいつかは愛されたいよ!」


「すごくぼっち宣言に聞こえるんだが……」

「精霊武器は手に入れても武器に好かれねぇと、ただのなまくらだからな。ちゃんと能力を発揮できることを精霊武器に愛されるって言うんだよ」

変な顔をした俺にレッツェが説明してくれる。


 ――帰ったら『斬全剣』の手入れをしよう。


「やっぱ取り巻きはどうしようもないな。盲信って感じ」

「パーティー内で自分の地位をあげたいのもあるんだろうね」


 行かなくてよかった。


「今回の収穫は勇者が四人で帝国が好き放題させているという情報だね。あの取り巻きの情報収集能力は馬鹿にはできないよ」 


「四人?」

どっから増えた! 巻き込まれが俺の他にもいるのか? 寿命の件はおそらく先に道路に出て事故にあったとかだと思うからいてもおかしくはないのか。


 神々何も言ってなかったけど。ただあっちの世界から喚んだ精霊との契約や喚ばれた者ゆうしゃについてはあんまり口出しできない雰囲気だった。姉たちが手に入れた能力についても、光の玉が口を滑らせたもの以外は教えてもらえなかったし。


「普通、いくら勇者の能力が突出してるって言っても、弱い魔法とか祈りとか穏やかな能力から始めて精霊を集めていくんだけど、四人してやりたい放題らしい」

嫌になった顔で手をひらひらさせるディーン。


「西には精霊が見える者が少なくなったと聞くが……。諌める者はいなかったのかね?」

アッシュが怖い顔をして首をかしげる。圧が出てる圧が出てる。


 こっちでも見える者は希少っぽいこと言っていた気がするのだが、さらに少ないのだろうか? 


「そこまでは言ってなかったな」

酒を飲もうとしてカップが空なことに気づき、水差しのような壺に入ったワインを手に取る。


「前回は三百年前でしたか。勇者やその周辺については不可解なことが多いですな」

執事が水差しを奪い、ディーンに注ぐ。


「何にせよ、それで氾濫の危険がギルドの予想より年単位で早まってた」

そう言って、一気飲みのようにカップを傾けるディーン。


「去年は戦争で使われた大規模魔法も予想外だったしね。前回の調査では何の兆候もなかったと聞く。一気に来たようだよ、危なかったね」

クリス、胸に手を当てて目を閉じて憂えるようなジェスチャー付き。


「何にせよ、今日は飲む! ジーン、飲み比べだ!」

「何で俺?」

ビシッとディーンに指をさされた。


「お前が勝ったら『月楽館げつらくかん』に紹介してやる! 俺が勝ったらなんか一個ジーンの恥ずかしい秘密でも聞かせろ!」

「おお、宵闇の君の秘密か! 私も乗るよ。私は負けたら『天上の至福』に紹介しよう」

「お前ら、どっちも高級娼館じゃねぇか」

レッツェがげんなりして言う。


「賭けはどうでもいいがクリスはいい加減名前で呼べ」


 ディーンとクリスの賭けた物はどうやら高級娼館への紹介らしい。おそらく紹介がないと入れないクラス、ということだろう。


「私も名前で呼んでもらおう。ところで、そのクラスの娼館は二所ふたところに通うのは無粋と言われるのではなかったかね?」

アッシュが首をかしげる。


 いや待て。そこなのか、気になるところは? お嬢様?


 三時間後、机に突っ伏し椅子にもたれた三人。ディーンとクリス、なぜか巻き込まれたレッツェだ。執事は賭けには乗ってこなかったし、アッシュはマイペースに飲んでいる。


「ここに転がして帰るか」

俺は【治癒】のおかげでほろ酔い以上にはならないのだよ、ハッハッハッ。


「そうでございますね。――私が後始末をしてゆきますのでアッシュ様をお願いしても?」

「ああ、送ってゆこう」

そう言ってアッシュを見れば、まっすぐ前を向いて手だけを動かし、他は微動だにせず一定ペースでカップを口に運んでいる。


「……もしかしてアッシュも酔ってるのか?」

「はい、お珍しいことに」

にっこり微笑んで肯定してくる執事。


 これは俺が後始末に回ったほうがいいんじゃないのか? 執事?







 



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