第90話 北の国

 海の北に黒々とそびえる山々。人の住む北限のこの地も半分は岩の黒と雪の白の世界だ。そうでない場所も荒涼としていて申し訳程度の草が生えているような土地が多い。昼の日の光は弱く、白夜がある。


 北の黒山こくざんのそばにあるこの国は、陽の光よりも星々の光が信仰となる船乗りの地だ。他の国々と交易はしているが、ナルアディードのように遠くから珍しいものを運び高く売る海運で発達したわけではなく、本領は狩りだ。


 幅の細い速い船でクジラやセイウチなどを狩り、その肉と牙や骨などを売るのを生業としている国――実際は一族や家族単位で行動しているのだが便宜上国と呼ぶ。


 交易に特化した一族が住む島があり、外の国の者たちとはそこで取引することが多い。約定した航路を辿らないと、取引相手の北の人々は途端に海賊に変わるので注意が必要だ。まあ、商人や海軍が海賊に変わるのは北の人々に限ったことじゃないんだが。


 珍しい物も多いし、ちょっと見てみたいのだが後回し。黒ローブ姿で印象付けるのと同時期に俺が同じ街にいたら意味がない。いや、でも戦闘しなくても黒ローブで買い物すればいいかな? 


 こちらの人は分厚い布や皮に特徴的な模様を刺繍しているし、裕福な層は毛皮を羽織っている。要するに俺の格好は浮きまくっている。ここに来るまでにこの格好を見せまくってるので、ただの買い物でも聞き込みをしてくれたら一発で話題に上がること請け合いだ。


 北の黒山の魔物は海を隔てているので放置されている。時々強烈なのが来るらしいけど、北の人々は黒山はそういう場所であり、人が手を出してはいけないと思っている節がある。


 その手前の魔物は海の魔物で船のない俺にどうこうするのは難しい、船があっても難しいけど。


 そして海に溢れてきた魔物を獲物だ、豊漁だと喜んで狩る戦闘民族なんですよ、ここの人たち。出番ないね!


 そういうわけでお買い物に変更。


 セイウチの牙、クジラの油やヒゲは高値で売買される。優れた金属細工師が多いのか、髪留めや帯留め、マントをとめるブローチなど金細工銀細工が素晴らしい。いくつもの銀の腕輪は、通貨にもなるのだという。


 そして海産物ですよ、海産物。鮭にムール貝、エビ、カニ、たら。塩漬けにし、乾燥させた鱈もたくさん扱っている。


 さすがにこの格好で大量に買うつもりはない、鮭を一匹だけだ。あとコケモモのジャムを一瓶、みたことのない黒いパンを二つ。


 バターの焦げるいい匂いに誘われて焼かれていた丸い物体を購入。【鑑定】結果は鱈の白身をベースにした料理で、食感ははんぺんをちょっと固くしたような不思議な感じ。


 鉄製品も多いな。


 市場を移動すると剣や盾、チェインメイルなどが売られる一角があった。ああ、アッシュにもらった魔鉄を扱う鍛冶屋を見つけないと。


 次回紛れて買い物をするためにこちらのマントや靴を一式。体型も違うし、なんなら頭蓋骨の形も違うので服を変えたくらいじゃ同じ人種にはみてもらえないけど、どこからか流れてきて近くに住んでるヤツくらいには思ってくれるだろう。何人かそういう人も見かけるし。


 こっちの男性はヒゲを生やし、筋骨隆々すぎてずんぐりした体型に見える。女性も下手をしなくても俺より筋肉が……。厚着していてもわかるところがすごい。


 【言語】ついてて本当に良かったと思いながら買い物終了。


 南は竜がぶんぶん飛んでて人間の出番はない。西の滅びの国からの魔物は勇者が三人いるんだから自分らで何とかするだろう。


 北の精霊にも名付けを乞われ、せっせと作業。黒山には地中の奥深くに眠る鉱床から、精霊や妖物が宝石を運んできては溜め込む場所が多くあるそうで、一攫千金を狙って船で向かう若者も毎年一人二人出るらしい。ちょっと浪漫だよね。


 魔法を使う魔獣や妖物が出るそうで、ちょっと戦うのは怖いので助けてくれる精霊を増やしてから行ってみようと思っている。


 妖物というのは、力の弱い精霊が憑いた人や獣の末だったり、魔物の一種だったり、精霊だけど積極的に人間に悪戯をするやつだったりと、人間に都合の悪い魔法を使う存在をまとめてそう呼んでいるようで定義が曖昧なんだけど。


 家に戻って風呂に入る。北の大地で冷えるのはわかりきっていたので、精霊の名付けを始める前に抜かりなく風呂の準備に一度戻っている。湯に浸かると痺れるような感覚がして体がほぐれてゆくのがわかる。


 北国は夏に行こう、夏に。


 一通りローザたちを誘導するための行動は済ませた。あとはそろそろ戻ってくる彼女らが噂を拾うのを待つだけだ。


 金ランクがあまり早くいなくなるというのも討伐的には困るのかな? いや、俺がこの辺の黒いのはだいぶ捕まえてるので他よりは大丈夫なはずだ。


 それにしてもそろそろ髪を切りたいのだが、風呂屋がやってる床屋は嫌なんだよな。アッシュはどうしてるんだろう? ――執事が切ってそうだな。


 長湯して、風呂上がりに牛乳。


 リシュをなでまわして構い倒したあとはコーヒーと読書。読む本が尽きる心配がないのは嬉しい。物語は少ないけれど、新しいことを知るのは楽しい。活字ならなんでもいいともいう。


 今読んでいるのは精霊に好まれる様々なモノの本。同じ人に精霊が二匹以上憑いていた場合、同じ理由でそばにいることが多い、とか。


 じゃあ、ディーンの肩のあたりをちょろちょろしてた火トカゲみたいなのは脇の匂いフェチだろうか……。


 





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