第642話 滅びの国に再び

「2度目となると、慣れる――こともねぇな」

ディノッソが辺りを見回して言う。


 新しい地図というか、魔法石のありかだろう場所と該当する文章を抜き出して書き出したものを添えた図。外周の残りの4つと一応、王宮の庭分の5枚を用意して、再び『滅びの国』に来ている。


 相変わらず黒い影たちがこちらに何十、何百という手を伸ばしてきては、ランタンの光に気づいて引いてゆく。その間にまた新しい影が伸びて、また引くを繰り返している。


 光というか、光が持つ効果に気づいて、なのかな? 明るいのが見えているのかはわからない。まず、目があるかどうかわからないし。


「取り込まれてこれらと同じものになるのは怖いけれど、どうやら『やるべきこと』をやり遂げれば、幼い日の怖れは克服できそうな気がするよ」

図を持って笑うクリス。


「ごめん、そんなにトラウマだった?」

気軽に誘いすぎだったか。


「どうもね、恐怖というものは身のうちで育つものらしい。みんなもここの黒い影を見て、いい気分でいるわけではないだろうけれど。私も今ここにいるのは同じ程度には平気なんだ。――でも、前回帰った時夢に出てきて怖くてね。久しぶりにうなされたよ」

クリスが肩をすくめる。


 怖いことを怖いって軽く言えるのすごいな。


「なんかわかる。何かに追いかかられて、絶対返り討ちにできるし、対処できるのに、夢ん中だと必死で逃げてるとか。ちっせぇ頃の誰も覚えてねぇような失敗を思い出して恥ずかしくて転がりたくなるとか」

腕を組んでディーンが頷く。


「ああ、冷静に考えればどうでもいい部類の小さい失敗だってわかってるのに、何でか子供の頃の失敗っていつまでも恥ずかしいままだよね……」

それはわかる。


「ジーンも何か失敗を?」

アッシュが聞いてくる。


「幼稚園の発表で詰まったとか、自信満々で作ったゆで卵が固まってなかったとかだけど――クリスは怖いものを怖いって言えて尊敬する」

いやもう本当に。


 出会った時の印象は当てにならない。いや、今でもオーバージェスチャーで無駄にキラキラしてるのは変わらないんだけど。


「ジーンにも怖いものがあるのね?」

ハウロン。


「ここの幽霊怖くて、1回目逃げ帰った」

「お前が?」

レッツェが確認していた地図から目をあげて聞いてくる。


「うん。ここの幽霊、俺だけに見えてて、俺だけに迫ってきたらどうしようって。みんな見えてるみたいで安心した」

「ジーンは俺たちが見えていない黒精霊が見えているわけだろう?」

何が違うんだ? と目で聞いてくるレッツェ。


 そう言われるとそう。


「なんか違うんですよ」

目を閉じて深く頷く俺。


 『幽霊』というものに、怖いってイメージを持ってたんだろうか? クリスとお揃いだ。なんか漠然とした怖さがあるんだよな。


「さて、あんまり長居したいとこでもねぇし、行こうか。どっちだ?」

「右だな」

ディノッソが言って、レッツェが答え、みんなが歩き出す。


「そういえば、『滅びの国』に向かう途中に『黄金の鎧』を乗せた船が沈んだと聞いたが、持ち主の王はこの場所で何をしたかったのだろうか?」

アッシュが誰にともなく問いかける。


 答えられるのはハウロンだろうけれど、とハウロンを見る。


「『滅びの国に向かう途中、精霊の怒りに触れて沈んだ』しか記述がないの。なんでここにきたかったのか、『精霊の怒り』がどこの精霊の怒りかもはっきりしないしね」

「え、ここの黒精霊の怒りじゃねぇの?」

ディーンが聞き返す。


「沈んだのは『エスとナルアディード付近の海』だもの。流石に違うと思うわ。――『滅びの国』の手付かずの財宝目当てで向かっただけで、精霊の怒りの方は『滅びの国』とは関係がないことじゃないかっていう説が主流」


 関係ないといいな、ここに『青光石せいこうせき』を取りに来た身としては。ここのねっとりした黒精霊、怒ってるというより恨んでるのがねっとりじっとりしてて本当に気持ち悪いし。


 もしかしたら時間が経ちすぎて、何に怒って、何に悲しんで黒くこうなったのか覚えていないのかもしれない。なるほど、わかりやすい感情が読み取れないから気持ち悪く感じるのか。


 ハウロンの話を聞きながら、移動して本日1つ目の魔法石の場所へ。


「今日は準備万端! さあ、どこだ!」

「待て。あの彫刻と、あっちがハウロンの資料よりズレてるってことは……」

図を見ながらレッツェが場所の特定を開始。


「ここでは精霊が呼べないのが不便ね」

ハウロンも同じ図を片手にレッツェのそばをうろうろ。


 ランタンの灯りの範囲から出られないからね! 全員同じ場所をうろうろしがち。


「ここだ」

「ここね」

レッツェとハウロンが立ち止まって下を指差す。


「おう、任せろ!」

肩にかけていたバールのようなものを石畳の端に引っ掛けるディーン。


 ディーンが石を浮かせた空間に素早く鉄の棒を差し込むクリス。何本か差し込んでいって、その上を転がし石をどける。


「なんか慣れてない?」

「迷宮や遺跡、石で塞がってる場所もあるんだよ」


 ディーンの答えに、そう言えば迷宮の段差すごかったし、楔が打ち込まれていたり、通りやすいように最低限何かあったりしてたな、と思い出す。

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転移したら山の中だった。反動で強さよりも快適さを選びました。 じゃがバター @takikotarou

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