第494話 ごまかし

 困ります、お客様、茶色は困ります。


 頭の中で無意味な言葉を呟きながら、港の人を眺める。海風に焼けた茶色の髪、陽に焼けた茶色の肌、厳しい顔によく見ると茶色の人懐こい瞳。大穴で服が茶色、さあどれ!?


『具体的にどの人?』

とりあえず茶色の人を特定しようとする俺。


『あの人だよ〜』

ぴょこぴょこと上の方にある船縁を全身で指す精霊。


「にゃー」


 虎猫〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜っ!!! 人じゃない、人じゃないよ!? 


 視線の先に細い船縁にバランスよく寝そべる猫がいた。


 えーと、船のネズミ対策と航海の無事を――いや、航海の無事は雄の三毛猫で日本の話か? いやいや、そうじゃなくって。


『人間で頼む』

いや、人がわからなかったら人間という言い方もだめか。混乱してきたぞ?


『人だよ〜? 名前は船長さん!』


『……』

猫の方を向いてしばし眺める。


 もしかして呪いで姿を変えられてるの? どうしたらいい俺? 人か、名前が船長さんな猫か。


 く……っ! こんなことならソレイユかレッツェについて来てもらえばよかった……っ!


 ああ、でもこの船の船長だったらいいかな? 自分の船団――猫のいる船、解体中の船ともう一艘、同じ旗が上がっている――のためだけでなく、他の船団にも木材を回している。船の中で一番損傷が酷かったのかもしれないし、提供することで金銭を得ているのかもしれないけど。


 それに猫の姿でも船員が従っているなら、信頼を集めてる船長さんなんじゃないかな? 他に情報もないし、精霊のおすすめに従ってみてもいい。


「えーと、船長さん?」

ためらいながら声をかける。いい毛並みですね?


「……」

顔を上げてこちらを見る猫としばし見つめ合う。


 猫、猫か? 面構えすごいな?


「よく俺が船長だって分かったな? そばにいる精霊が教えたか?」

やたら渋い声の返事が来た!!!


「ええ、精霊に聞きました」

見えているなら隠すこともない。これから交渉だしね、ごまかしは少ない方がいい。


「正直だな、動揺もない。何用だ?」

いや、動揺はしてるぞ? 猫だし。


「俺はソレイユ。あなたは船はあるけど、小麦はない、で合っています?」

「……合っている」

むすっとする猫。


 話し始めたら、猫の後ろに人が立った。厳つい親父が猫と俺を視界に収めて直立不動。


「俺はメール小麦は手に入れたけれど、船がない。運賃を払うのでナルアディードの商会まで運んでくれませんか?」

「空船で帰るよりマシだ。条件次第では受ける」


 おかしな駆け引きなしで、話が早くて助かる、猫だけど。この船の船長せきにんしゃなら猫でもいい


「上がってきな」

猫がくいっと顎をしゃくって、そのまま身を翻す。


 それに従って縄梯子を上がり、船の甲板に。縄梯子、安定しないな、あっちにむにっとこっちにむにっと。俺がバランス取るの下手なんだろうけど。


 甲板に上がると、さっきの厳つい親父が無言で先導してくれる。扉の前に猫が待つ。厳つい親父が扉を開けると、猫がするりと中に滑り込む。


 猫扉つければいいのに。


 操舵室の奥の部屋、多分船長室のさらに寝室。案内された部屋には女性が一人横たわっていた。


「精霊に壊血病の軽減を願ってくれ。それが条件だ」

一段と低い声で猫が言う。


「いや、それライム食えば治るんじゃ?」

どこからきたの? 寄港地のエスからそこまで日数いらないよね? 野菜嫌い? 壊血病ってビタミン不足だよね? 北方の民は船にキャベツの酢漬け常備だって聞いたけど。


「治る……のか?」

猫がびっくりしてる。この世界、情報が偏りすぎじゃないだろうか。


 外海に出るような長い航海をしなければ、必要ない知識だからかな? あ、内海の大陸ぐるっと旱魃で野菜が怪しかった。寄港地でも高いの避けてた結果とかかな? ビタミンは豚肉でもいける気がするけど、豚はたくさん緑を必要とするから、今やっぱり高い。


 単なる好き嫌いだったら教育的指導だな。


「治るけど。酷そうだし、ちょっと回復は頼んでみるけど、そもそも体に足りないものがあって起きる病気だから、ライムなりレモンなりキャベツなり食わせて。あと、精霊が回復使えるかは聞いてみないとわからないからね」


 【治癒】が使えるけど、ここは精霊に。聞こえるかどうかは微妙だけど、見える猫みたいだし。見える方は確実だろうし、俺が声になさないで話してたから聞こえなかっただけで、精霊の声も聞こえてそう。


「あ、精霊が入りやすいように窓開けてくれる?」

壁も通り抜けられるけど。実際壁をすり抜けてついてきた精霊も何匹か。


 でも風通しがいい方がいい。しっとり日陰を好む精霊もいるけど、癒す力を期待するならね。


 厳つい親父が窓を開けると、少し様子をみていた精霊も部屋に入ってくる。


『誰か、この人を癒せるこいる?』

『んー。ちょっとなら?』

『治せないけど、気分は良くできるよ〜』

名乗り出た精霊が俺に寄ってくる。


『頼んでいい? これあげる』

小さな魔石を俺の魔力を纏わせて差し出す。


 一応、保険で魔石使った風です。誤魔化せてますか? 

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