第146話 ガラス再び

 梨の花の下にカダルがいた。白い柔らかな花びらを見て、ちょっと日本の春を思い出す。


 春といえば桜と菜の花、菜の花はあるんだけど桜は植えてないんだよな。一応食料庫に花をつけた盆栽の様な桜の木があるんだけど。塩漬けの桜とか葉っぱを好んで食べるわけじゃない、でも桜と梅はなんとなく外せなかった。


 紅葉も欲しかったんだけど、飾りならともかく紅葉を使った料理は浮かばなかったのでこっちは食料庫にもない。


 強くなってもっと知らない場所を探索に行きたい、がんばろう。


「カダル、久しぶりです」

「ああ、そなたの時の流れでは久しいか」

今気づいたという感じのカダル。


 精霊の時間の流れの感覚は何の精霊かで左右される。樹木の精霊であるカダル的には俺とはついさっきあったみたいな感覚なんだろうか?


「先日はありがとうございました。あれはあの二人と契約でよかったんでしょうか?」

「うむ。細かいのがよく働いておるようじゃが、物を持たせる人手は足らぬようだからの」


 ああ。確かに鍛冶をやってる時も二人いたら楽だなとはずっと思っていた。ベッドのコイルを詰めるのも結局レッツェに手伝ってもらったし。


「だが要らぬ世話だったようじゃ」

「いえ、助かります。契約するまでの間の安全と猶予をいただけたこと、感謝します」

「ほう、一番強い契約を望むか」

「はい」


 契約は魔力の強さや事前準備にも左右されるけど、それを考えない場合、一番強い契約は契約時に精霊自身が相手を守りたいとか、相手に使役されたいと望んでいること。


 この者に仕えろと強い存在に差し向けられた精霊と契約することは、強い存在と差し向けられた精霊の力関係に依存する。けっこう精霊は気まぐれで、眷属とはいえ命令はゆるい場合が多い。


 逆に未来永劫的な強固な命令もあるみたいだけど、カダルは多分そこまで強固にあの二人を縛るつもりはないだろう。誓文で気づいてならばついでに、みたいな感じだろうし。


 強固な契約にも惹かれるけど、やっぱり嫌々そばに居られるというのは抵抗がある。姉が俺にしてたことと違いがわからんし。


 なお、黒精霊を屈服させて契約するのは命令してないからノーカンで。


「そういえば、この世界で一番硬い木の枝というのはどれくらい硬いんでしょうか?」

「そなたの作り上げた剣で切れぬほどには硬い」

マジか!


 カダルが手を伸ばすと俺の持ち物から地図が飛び出し、目の前で広がる。


「ここに生えておる」

指差す場所にバッテン印が浮かび上がる。


「ありがとうございます。この木々で一番早くなるのは梅だけれど、精霊が行き来しているのはさくらんぼですね。実ったらお出しします」

イシュやパルで食料庫の植物と交配した野菜や果物なら味がすることがわかっている。


 そしてファンタジーなことに、交配はこの世界の植物と食料庫の植物の間を精霊が飛び回って起こる。梅はまだこっちの世界で見つけてないので植えておらず、梅の精霊がいないのだ。


 まあ、食料庫の植物がダイレクトに変わるので俺の知ってる交配じゃないんだけど。


「うむ」

ちょっと嬉しそうなカダルが消える。


 手の中に残された地図は宝の地図風でテンションがあがる。でもずいぶん北東だな? 魔物大丈夫だろうか。


 ああ、コンコン棒EXが手に入ってしまうんだから頑張らないと。ちょっとずつ【転移】の場所を伸ばして行こう。楽しみだ。

 


 昼はコロッケを揚げてもぐもぐ、春キャベツの千切りももぐもぐ。


 かじるとカシュっという衣、ほっくりほんのり甘いじゃがいも。肉入りのほうも牛の味が控えめな主張をしてきて美味しい。


 油っぽさはあまり感じないんだけど、柔らかな春キャベツを口に入れるとスッキリする。春キャベツもじゃがいもとはまったく別の甘さ。


 コロッケはディーンにとても気に入られたし、ポトフに入れたじゃがいもはアッシュたちにもありだと言われた。フライドポテトも好評だったし、ナルアディードからじゃがいもは無事広がってくれるだろうとちょっとホッとした。


 さて、今日はちょっと天気がぐずつく中、せっせとガラスを作る。溶かしたすずのプールに静かに溶かしたガラスを流すと、ガラスが浮いて溶けた錫の表面を進んで広がってゆく。


 浮いて広がるのが面白いのか、精霊たちがガラスの縁を追っていったり引っ張ったりしている。ガラスは通り抜けられないので嫌いなのかと思っていたのだが、そうでもないらしい。


 錫の溶けたものは当然表面は水平なので、きれいなガラス板ができる。こっちのガラスはフラスコの底を押し付けた様な丸いものが並んでいるか、板とはいっても小さく表面が歪んでいるもの。


 これも高く売れそうだけど、暑いというか熱いから必要以上に作る気はない。


 前回の色ガラスの教訓を生かして、本日は始める前に色とりどりの宝石を用意した。うそです、透明がいいので水晶とダイヤモンドです。精霊の前にこれを入れてみても大丈夫か? みたいな感じで置いたら溶けたガラスの中に叩き込んでた。


 結果、水晶が混ぜられたガラスは片面から中がはっきり見えない様に、ダイヤが混ぜられたガラスは丈夫な強化ガラスになった。やっぱり精霊が関わるといろんなものを無視した結果が出るっぽい。イメージ先行?


 なお、この世界では色付きの宝石が高価でダイヤはすごく安い。ここはあれか、ダイヤを買い占めてダイヤモンドカットを流行らせるコース?

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