第470話 内緒話

 さわさわと風が吹き渡り、どこまでも広がる麦の緑が揺れる。メール人たちが振りまく水に光が反射して輝く。


 遠い山は乾いた黄土色、この緑はメール人の手入れの賜物。俺も頑張って山の畑の手入れしなくちゃ。エスで米の種籾を手に入れたから、米もね!


 エスの米の扱いは野菜っぽくって、なぜか短いパスタに混じってたりしたけど。炭水化物だと思ってる俺からすると、ちょっと謎な組み合わせで出てくる。


『さて、そろそろお暇する。ありがとう』

ちょっと心が洗われた感じです。


『うん、小麦は?』

『俺がたくさん持ってったら困らない? 食べる分とか、港に来る人とか。実は俺はそんなに必要としてないんだ』

緑の石は、交流のきっかけアイテムとして持って来ただけだ。


『たくさんあるから大丈夫。約束だからね』


 メール人たちは約束を破るというのをとても気にする気がしたので、大人しく貰うことにする。


『どこに運べばいい? それとも船を待つ?』

『出しやすいところならどこでも。俺は【収納】持ちなんだ』

隠し事をするのも面倒だし、ここは正直に。


 メール人は多分、精霊と同じように心を読む。心を読むというか、感情を読むのかな? あと読むだけじゃなくって伝えてもいるみたいだ。ジェスチャーでの意思の疎通が割と快適なのもそのせいだと思う。


 メール人に裏表がないのが伝わってくるので、こっちも素直に応じたくなる。


 そういうわけで麦畑から町の中に戻る。――広場にはすでに小麦の麻袋が積み上げられていた。メール人の間で、離れていても意思疎通できてるんだなこれ。まあ、なんとなく予想はしてたけど。


『じゃあ、頂きます』

【収納】に端から入れてゆく。


『すごい魔力だね』

『うん。こっちに来た時より大分増えた』

【収納】できる量や時間などは魔力による。


 例えば、エンの【収納】できる量は小麦の袋5袋分くらい。ずっと入れとけるのは2袋くらいで、それ以上は3日くらい経つと吐き出されてしまうらしい。増えてきてるって言ってたけど。


 他にも人によっては中で時間経過したり、取り出す時に色が変わったりするそうだ。【収納】持ちが少ないんでハウロンが知ってる過去の事例だそうだけど。


『ああ……』

メール人が体を揺らすと、水が俺とメール人を包む。


『母さまから伝言。守護する者に名付けたら、またおいで』

『父さまから伝言。秘密は秘密のままに、意味がわかるならまたおいで』

薄い水の膜がゆらゆらと揺めき周囲の風景を歪める中、メール人が内緒話をするみたいに密やかに動く。


『分かった』

口の端が上がるのがわかる。これはちょっと嬉しい収穫だ。


 俺が答えると、水が引いて視界がクリアになる。


『またね』

『また』


 【転移】して『家』に戻る。


「リシュ〜」

駆け寄って来たリシュをわしわしとなでる。


 匂いを嗅ごうとしていたリシュが、ころんと転がる。ここか、こっちか、ピンクの舌を見せて笑顔でごろごろくねくねするリシュをしばらくなでる。


 背中をくすぐる手の手前で、体をねじって空気をはふっと噛む。さっと手を引っ込めるとゴロンと向きを変えるので、また背中をくすぐり、またはふっと返される。うちの子はやっぱり可愛い。


 リシュに癒されたところで、ご飯。


 本日はチャーハンと餃子。ホタテの貝柱を崩して水気を抜くように炒め、バターたっぷり醤油をちょろり。卵と玉ねぎ、ご飯をホタテとは別の鍋で炒め、そこにホタテを投入。


 餃子は作り置きをフライパンに並べる。水が一気に蒸気に変わる高火力、ふたを素早くして蒸し焼き。


 ちゃんとチャーハンは丸く盛って、いただきます。


 チャーハンは、卵の優しさと玉ねぎの甘さ、バター醤油ホタテの美味しさを炭水化物 こめ が包み込む感じ。多めにした黒胡椒がぴりりと味引き締める。


 餃子は皮はパリッともっちり。ニンニクを程よく効かせて、味はやや濃い目。白飯に合う味だけど、今回はビールが目的だ。


 ぷはっとやってみたかったんだよね。ってことで、熱い餃子を口に放りこんでもぐもぐしながら、日本式冷たいビールに手を伸ばす。


 あ、苦い。


 雰囲気的には満点だけど、俺の舌がビールに慣れてない。明らかにカヌムとかで出される水分補給用のビールとは別物だからね。いやでも美味しい……ような気がする。


 ――途中でヘタレました。ディーンたちと飲む分には、雰囲気に流されて楽しくなってくるんだけど、一人じゃまだ美味しくないかな。


 そういうわけで、ジンジャーエールにチェンジ。大丈夫、ここにお子様扱いする人はいない。


 チャーハンに餃子、ぷはっと幸せです。

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