第390話 出会った精霊たち

「この渦の中って、シナモンないよな」

「ねぇだろうな」

昼を食べながら水の音を立てる滝壺を眺める。


 エス川の流れは緩やかで広大、船や岸に跳ね返ってちゃぷちゃぷと音を立てることはあるけど、ここまで盛大に水音が立っているのは珍しい。俺の『家』の周辺や島は水音が常時してるけどね。


「しなもんとは、カシアのことだったな?」

「カシアの一種ですが、今流通しているものは少し種類が異なります」

わんわんの問いにハウロンが答える。


 俺もシナモンのこと調べたよ……っ! シナモンと呼ばれるものがそもそも二種類くらい流通してた。


 一つは甘い香りの俺がシナモンと認識してるヤツ。一つはなんか葉っぱが香辛料として使われるヤツ。


 さらに一つは、わんわんの言うカシア。ちょっと辛みがあって、食べ物というよりは香料や防腐剤として使われ、金より数倍の価値を持っていたという文献にだけ出てくるもの。


 日本のニッキもシナモンのお仲間だしな。同じ系統の木で色々バリエーションがあるのだろう。ニッキはないけど、シナモンで八つ橋つくろうかな。


「ふむ。カシアであれば月の山脈のひときわ高き峰にある、鏡の断崖に巨大な鷲たちが巣を掛ける。その巣材がカシアよ」


「崖で採れるつーのは本当だったのかよ……」

レッツェが小声で呟く。


「火の時代の中頃まで我らや王族に捧げられておったが、確か聖獣であった一番大きな鷲が魔物となって後は途絶えたのだったか」

わんわんが空を見つめて言う。記憶を掘り起こしてるのかな?


「わんわん、物知りだな」

「ふん。このわんわん、永の世に渡り存在しておるからな!」

胸毛をもふっとそらすわんわん。


 もふっちゃだめか、これ?


 月の山脈には夜に行くつもりでいるけど、魔物化した鷲って夜は寝てるんだろうか? 様子を見ながらシナモンの鳥の巣の場所を探してみよう。


「行く気ね?」

「行く気だな」

ハウロンとレッツェが言い合う。


「はー……っ。――お前がのこのこあちこちに行って、精霊と会ってるのは分かった。会った中で、一番厄介な精霊って聞いていい? ダンゴムシ以外で」

ディノッソがため息と共に聞いてくる。


「得体が知れなかったのはジャングルにいた精霊かな。あれはなんか原初的というか。黒精霊とは違うけど、人から遠いかんじ」


 あそこはきっと人が踏み込んではいけない場所。それでも分け入るのならば、自分が異質だと自覚して人のことわりでジャングルの理を犯さないよう気をつけなくちゃ、ひどいことになりそう。


「一番強い精霊は?」

「んー。ヒポピオスの神殿で会った眠りの精霊かな? ただ、穏やかな感じだったので怖くはなかったけど」


 北の大地の湖の中で会った土偶に入った精霊、西の湿地で会った炎の精霊、ムートの寺院にいたブルーストーンの精霊、エリチカの塩鉱にいた白鯨はくげい。次は東行ってみようかな。


「眠りの精霊……。まさか、ヒポピオスそのものじゃないわよね? まさか契約していないわよね?」

ハウロンが半泣きで聞いてくる。


「いや、あれは対面しただけで契約に魔力足りないってわかるくらいだったし、さすがにしてない」

ルフたちの街があった頃から存在してきた精霊。


 動物や人の眠りを司る強大な精霊だけど、毎夜訪れる眠りは怖くはない。怖くはないけど、契約したらぶっ倒れる気がする。しかも魔力が足りなくって契約できない羽目になりそうな?


 随分魔力量は増えたと思うんだけどね。それでも無理。


「ヒポピオスなのは否定しないのね……」

へなへなと力が抜けるハウロン。


「最初の眠りの精霊か……。会っただけで何よりだな」

カーンが言う。


「ヒポピオス……っ! 眠りをとる者なれば、精霊にさえ影響を与える者ぞ。女神エスよりも過去から、世界のほとんどに存在し、夜、内なる世界に現れるという」

わんわんがびっくり顔をしている。


「ヒポピオスの神殿で寝ると、神託与えに出てきてくれるぞ」

「それはヒポピオスの眷属、夢の精霊でしょ……」

ハウロンが力なくツッコんでくる。


「そうなの?」

「ヒポピオスは眠りあるところどこへでも現れ、同時にあちこちに存在する。案外、神託を与えるのも本人かもしれぬぞ」

わんわんがどこか揶揄うような口調で言う。


「なんか契約できるまで魔力量が上がったら、名前を呼べと言われてる」

ダイフクがヒポピオスの眷属だったんだよな。


「……っ! おい!」

ハウロンの俯いた顔がそのまま地面と仲良くなりそうになって、ディノッソが慌てて支える。


「お前、本当にちったぁ加減してやれよ」

「隠し事したほうがいい?」

「……程度の問題だな。お前の日常が、どう考えても普通じゃねぇ」

「普通です、普通」

「そこは認めろ」


 微妙にダメージを負って、疲れた顔をしている三人を眺めながら、レッツェと会話。


「まあ、俺たちも、できればジーンがどの程度の精霊と契約してるか知っておきたいし。それに黙っていられたら黙っていたで、後でまとめて大ダメージ喰らいそうだ」

そう言ってひらひらと手を振るレッツェ。


 思ったことをそのまま口にしていいってことだな?










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