第621話 巣穴

 この詰まってるのはドラゴンの魔物、翼も見えないしたぶん地上型。俺の存在には気づいていないみたいで、後ろは無防備。


 大気の精霊で遮断されてるし、俺自身の存在感が認識阻害効果で薄いからね。精霊よりの存在なら気づけたかもしれないけど、ドラゴンの体は物理的に重い存在でちょっと黒精霊が入り込んだくらいでは精霊化しない。


 そもそも風の精霊と共生してても存在感ありありだし。ファンタジーな存在だけど、対峙すると浮世離れした印象はなく、ただただその存在感に圧倒される。それがドラゴン。


 それはともかく、『斬全剣』で斬れるけど、上下左右岩壁に囲まれててどうしたら? 岩壁ごと斬って崩れたらやだし。


 魔法でずばんといくのがよさそうだけど、暴れられるとやっぱり崩れそうだし、一撃で仕留めたいね。


『風の精霊くん、たぶん中にいるドラゴンを助けたいんだよね?』


 うんうんと体ごと大きく頷く風の精霊。


『じゃあ、ちょっと風の魔法を使う。魔力あげるから頑張ってくれる?』


 再びうんうんと体ごと大きく頷く風の精霊。小さな精霊が一所懸命なのは可愛いよね。


『じゃあ、こんな感じのイメージで』

またうんうんする風の精霊。


 かと言って、ドラゴンの表皮が貫通できるかと聞かれると自信がないので、まずは『斬全剣』で。


 皮っていっても怪獣の装甲みたいになってたり、厚みが10センチ以上あるような魔法というか、精霊金とかと同じように精霊の力を帯びてる皮だったりするからね。


「後ろから失礼します」


 ずばっとね!


風の弾丸エアバレット


 適当なイメージで適当な魔法名を言ってみると、風の精霊が飛び込んでいく。回転をくわえながらそれこそ弾丸のように。 


 大きな咆哮に、洞窟内が震える。多分山ごと揺れてる。


 ――起きたことは可愛らしくありませんでした。


 動かなくなったことを確かめて収納。せっかくなんで魔石が透明だと嬉しいんだけど。


 詰まっていた黒いドラゴンの巨体をどかすと、中には金銀財宝とドラゴン。夕焼け色の――


『あれ? 島に来たドラゴン?』

竜玉取りに来た?


『おお。人間、人間だな? 我が子を助けた。我が子を』

財宝に埋もれたオレンジ色が俺に目を向ける。


 大きなドラゴンだったが、この地で見ると実はちょっと小柄? いや、でっかいんだけど。


『我の鱗を、我の鱗を渡した。だが、再び助けられたのは我だ。どう報いよう、どう報いよう』


『たまたまだから、気にしなくていいけど』

ついでに【治癒】をかけながら答える。


 やっぱりさっきの魔物のドラゴンと戦っていたらしく、噛み傷っぽいのがいくつかついてた。


 洞窟の奥はやっぱり巣穴だったらしく、一段低くなった広くなった空間になっており、そこに金銀財宝が敷き詰められてる感じ。魔物のドラゴンが破壊したのか、オレンジのドラゴンの応戦で崩れたのか、岩も落ちてるし、よく見ると金貨が溶けてくっついてるのもある。


『いや。再び我と我が子だ。我と我が子を助けた。人間、どう恩を返そう。恩を』

オレンジ色のドラゴンが体を動かすと、ドラゴンの体表と似た色の卵が一つ。


 卵か。ドラゴンってやっぱり卵なんだ? ドラゴンの体からすると小さく感じるけど、俺の背丈の2倍を越える大きさ。


『この風の精霊が呼びに来たんだよ。あの魔物のドラゴンを倒したのもこの精霊だ』

なので気にしないでください。


 ドラゴンに気にされると、落ち着かないというか、イコールやらかし決定っぽくって困ります。


 風の精霊はドラゴンの卵の元に飛んでいって、すり寄っている。オレンジ色のドラゴンから離れて、新しく生まれる子を助ける精霊になるのかもしれない。


『無事産んだんだ? いつ孵るの?』

竜玉があれば単体生殖もできるのか。いや、最初に産んだ時はつがいがいたのかな?


『もう少し。もう少しだ。卵の殻の色が白から全て変われば生まれる。我が力と精霊の力がいる。ゆっくり力がいる。この子を気に入った精霊が強くなったが、ゆっくりだ。ゆっくり力は変わらない』


 卵を抱いて温めてるというより、卵に力を注いでる感じなのかな? どばどば注ぐんじゃなくって、馴染ませるみたいにちょっとずつ注ぐっぽい。


『この子が孵ったら。この子が孵ったら。そなたの元に向かわせよう。そなたの、そなたの乗り物とするがよい。そなたの願いでどこへでも、どこへでも』


 目立つんでやめてください!!!! 要りません!!!!


『いや。移動は自前でできるから気にしないで。あと親子はしばらく一緒にいたほうがいいんじゃない?』

勘弁してください。飼うスペースないです。


『そうか。そうか。狩りの仕方も教えねばならんしな。教えねばならん。だが――』


『そこの財宝の中から、何か貰える? 俺、透明に近いこのくらいの宝石探してるんだけど』


 ドラゴンが明後日な方向のお礼を提案してくる前に慌てて言う。


『これか。この巣材か。もう我が子も孵る。次に生むのは我でも我でなくとも。また新しい巣材を集める。集めるゆえ、不要だ。好きなだけ持ってゆけ、持ってゆけ』


『ありがとう』


 巣穴に飛び降りて、財宝を漁る俺。見られてると漁りづらいんで、ちょっと向こうを向いてて欲しい。


 透明な宝石、透明な宝石。――いかん、ドラゴンの言葉遣いうつりそう。

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