第375話 完全に巻き込まれる

『おい、こら! 俺の話を聞け! 見えてるのだろう!?』


「うーん、川同士が合流するとエス川になるのかな? そこが生まれる地って解釈で良さそう」

絶賛見えないふり。


 案内してくれた小さな精霊が戸惑ってたり、おかしな動きをする柱にきゃっきゃしてるけど、気にしない。


 ダメです。夕方にはレッツェと食べ歩きの約束があるんで、構ってられないんで後日にお願いします。


「うふふ、ア・ナ・タ」

『ぎゃーっ!』


 ――なんかもう一匹、デカそうな気配が後ろに! やめろ、俺はこれから食べ歩き……っ!


『エ、エス……っ!』

「はい、愛しいアナタ。――まさか、逃げ出すなんてことは考えていませんよね?」


 エス!?


 待て。生まれる場所を探し当てる前に、エス川の女神登場? 今のタイミングで? しかもなんか、俺が漠然と持ってたイメージと違う予感! 


 これはこのまま気づかないふりするべき? それとも振り返るべき? 小さい精霊たちがビクビクビックルしながら俺の側に寄って来て、盾にしようとするんですけど。


「まあ、待て、エスよ。アサスも反省しておる、そろそろ――」

低くてなかなかいい声が、後方下から聞こえてくる。


 増えた!?


「ダメです。放したら、また浮気するもの」

やばい、エスにヤンデレフラグが乱立中。


 アサスがこの柱で、エスの思い人で、閉じ込めてるのがエス。低い声の主はエスより弱いけど、説得にかかってる感じ? 


「いや、だがな?」

「あらぁ〜? 貴方ぁ〜? 浮気者の肩を持つのぉ?」


 また増えた!?


「ネネト、スコスがアサスの肩を持つの。スコスは愛妻家だと思っていたのに、やっぱり男は外に出ると浮気をするのだわ」

「まぁ!」

エスが新しく来た女性の声を持つ精霊、ネネトに訴える。


 低い声はスコスで、ネネトの旦那さんみたい? 精霊って結婚するんだ? カヌムでは見たことがないから、こっちの大陸の精霊がそう言う性質なのかな? ベイリスもカーンといちゃいちゃしてたし。


「浮気なんかしてないだろう! ちょっと可愛子ちゃんと一晩二晩過ごしたくらいで!」

ガタガタいう柱。


 立派な浮気だと思います。


「浮気の話ではない。このままでは砂の勢力がまた広がると申しておるのだ」

スコスが言い募る。


「おお、麗しきエス。浮気者の兄など放って、私と――」

衣ずれの音をさせながら、またなんか違う声。


「ステカー、愚弟貴様ッ!」

壁から半分ぬっと突き出していた柱が、出て来て縦になる。そしてガタガタ。

 

「久しぶりだな、愚兄! また千々に切り裂き、国中にばら撒いてやろうか」


 えーと。これはあれか、柱のアサスとエスは夫婦で、柱の弟ステカーが横恋慕? と言うか、この柱が『湿った種子』か。


 ん? もしかしてコイツが閉じ込められてるから、エス川の周囲にしか植物が生えないとかそう言うオチ? 砂の精霊の眷属たちの勢いもあるんだろうけど。


 なんとなく相関図がわかってきたけど、その前にこいつら俺を囲むように会話するのやめてくれないだろうか。


 正面に柱のアサス、真後ろにエス、左やや後ろに低音スコス、エスとスコスの間にネネト、右にステカーみたいな配置。俺は無心に柱を通り越した壁のレリーフに、頑張って視線の焦点当ててます。


「そこな人間よ」

エスが話しかけて来た気がするが、俺は無関係です。きっとその辺に俺とは別の人間がいるはず。


「そこな王の枝持つ人間よ」

最近は王の枝を持ってる人も多くなって。


「これ! 我が川筋の精霊どもに教えられ、そなたが我らの言葉を聞けることは知っておる。そしてその前に、我らは今、人間に見え、聞くことが出来るように話しておる」


「無関係な俺に、痴話喧嘩聞かせるってどんな趣味!?」

思わず叫ぶ俺。


 バレてるならバレてると先に言ってくれ、ダッシュで逃げたのに!


「うむ。これから我は、アサスを上下半分に割る。この場に立ち入ったそなたは、アサスの下半身をそなたの望む、然るべき場所に納めよ」

厳かに告げてくるエス。


「話についていけない!」

うむじゃない、うむじゃないだろうが!


 あと怖いこと言い出すな!


「アサスは居るだけで、周囲に草々、木々が芽吹き豊穣をもたらす。人間にとっても悪い話ではないぞ」

重低音が告げてくる。


 スコスはまともっぽかったのにアサスの上半身と下半身をさよならするのはスルーなの!?


 見たらスコスは、でっぷりとでかいライムグリーンのクロコダイル。ちらっと後ろを振り返ったら、椅子に座った女性とでかいピンクのコブラ。


 椅子に座った女性がエスで、コブラがネネトか。ライムグリーンとピンクってなかなかすごい色合いの夫婦だな。


「先に割ってしまおう」

嬉々とした声でステカーが言う。


 ステカーは言動はアレだけど、真っ黒い犬でした。可愛い――が、一歩踏み出したところで人型になって剣を引き抜く。


「やめろ、やめろ! あーーーッ!?」


 抵抗を見せる柱を難なく半分に。

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