第254話 眼鏡の理由

 見てる、眼鏡がカーンをすごい見てる。

 執事とアッシュは見えないふり、ディノッソはカーンの方に視線を送り片眉をちょっと上げたかと思うと、視線を戻してそのまま無言で進む。


『もう散らしてかまわん』

『はい、はい』


 ゆっくり散ってゆく精霊たち。「な、何い!? 魔物がいないだと!?」小芝居がくるのかと思ってたんだけど、特にカーンからアクションがない。どうやら休息時間とかにそっと情報を回すつもりらしい? 


 魔物の気配はするものの、さすがにこの大人数に寄ってくることはなく平和な道中。あ、来る途中の野鶏やけいとかイノブタの魔物を狩りたかったんだった! 馬車に乗って真っ直ぐ来てしまった。おのれ、眼鏡……っ!


 いや、馬車に眼鏡は関係ないな。


 休憩地点、最初にいた人数から半分ほどに減っている。日帰りの予定者が減った感じかな。二層、三層に薬になる苔が生えていて、それを採取しに来ている者も多い。


 冒険者ギルドの依頼には、三層まで何箇所か松明を設置する仕事がある。全体を明るくするためではなく、光の精霊の休憩所的なものだ。三層までは城塞都市から光の精霊の使用者が数人派遣され、等間隔で薄明るく照らされている。

 

 光と闇と風は精霊自体が多いし、その系統の魔法を使う者が結構いる。攻撃魔法だと火も協力的だけど。


 今いる場所は、三層の端、四層の始まりくらい。ここの迷宮は明確に階層が分けれているわけでなく、緩やかな下り坂で地下に向かう道、滑り落ちるような急勾配、洞窟内の崖を下るなど、道は一つではないし、もっと言うなら辿り着く場所も一箇所ではない。


 地図と情報共有のために便宜的に名づけられてる感じだ。一層aルートとかbルートとか。ちなみに俺たちの通る予定のルートは崖です。迷宮初心者を騙す風に言うなら、四層から十二層までショートカットするルートです。騙されたのは俺だ。


 思い思いに散らばり、なおかつ散らばりすぎない魔物が出た時に困らない距離で休憩。あれだ、鴨川のカップルの距離だ、俺だけソロっぽいけど!


 端っこに陣取り、水を一口、硬い干し肉を少々。干し肉塩なしで、通常よりさらに硬く、噛んでいると口内に唾が出て喉の渇きが和らぐ。迷宮内に給水ポイントはとても少ないので、いきなりガブガブ飲むわけにはいかない。


 眼鏡がカーンに話しかけている。レッツェたちが俺の方に視線を向けないようにしているっぽいのを思い出し、あまり見てるのも変かと視線を彷徨わせるが、他の冒険者も眼鏡とカーンには興味津々の模様。ディノッソにもだけど。


 どうやら見てても目立たないっぽいので、遠慮なく見ることにする。


 普通の声からどんどん声を落とし、ひそめるような内緒話。大多数が聞き耳を立てている状態だが、かすれて聞き取れない。というか、眼鏡に喚ばれた精霊が歌っているのが邪魔で聞こえない。


 見てるとカーンの方が言葉少なで、眼鏡の方がたくさん話してるっぽい。ディノッソも混じって時々口を挟んでいるが、こっちも聞き役のようだ。


 自分からは積極的に話さず、相手に話すだけ話させてるのか。あるいは、流したい情報を聞かせるのではなく、欲しい情報を聞き出した、と思わせるためか。俺だったらとりあえず全部喋っちゃいそうだな、カーンが小芝居やると思ってたくらいだし。


『おう、副ギルド長に説明を終えたぞ』

眺めてたらカーンから話が来た。 


『どうなったんだ?』

『まず、副ギルド長のイスカルがついてきたのは、そもそも迷宮の調査のためだ。勇者じんの情報集めと言った方が正しいか。取扱注意の判断が降っているらしく、迅が変に思わぬよう王狼殿も、俺たち怪しい集団も迷宮に入るための目くらましだ』

偽物くん、取扱注意? 割れ物か? ガラスのハートだった十八歳の俺か。


『一応、こっちの行動の決定権はディーンとクリスだからな。今、二人を混ぜて対応を相談している。精霊が見える俺や王狼殿にはついてきて欲しいとさ。二十層の攻略を予定しているパーティーが他に一組あるそうだが、そっちはほどほどのところでギルドへの連絡依頼を出して帰す』

その時に危ないようだったらディーンたちも上に戻ってもらうような話をしているって。


 どうもギルドが勇者迅を疑って調査に行ったのではなく、偶然痕跡を見つけたように持っていきたいっぽい。シュルムは勇者を得て一年以上、最近中原の小国を一つ新しく併合したらしく、そのやり方が結構エグいというか狡い感じで警戒中だそうな。


 昔、中原は肥沃な大地で、麦の収穫が段違いに多い大きな国があった。風の精霊の加護が去った後、その国は崩壊して、シュルムを含む強国たちが幾つかの国に分割した。


 文化や部族まるっと無視して、地図上で自分たちの利益配分だけ考えて引かれた国境線、これで争いが起きないわけがなく――風の精霊の眷属も減り、戦乱で荒らされ、麦の収穫がどうしようもなく落ち込んだあたりで、中原から強国は手を引いた。


 後はもう、過去の戦争が原因で戦争みたいな状態だわ、食料が足りないから隣を襲うぞとか、さらに小さな国に分かれたり、くっついたりめちゃくちゃだ。当時の強国たちも、まさか何百年も続く混沌になるとは思ってなかったのだろう。なお、シュルムには、自国が喚んだ風の勇者が中原の国に脱走した恨みもあったようだ。


 そんなシュルムが新たな勇者を得たことでまた中原にちょっかいを出しつつ、他の国にも圧力をかけ始めたんだってさ。


『中原を挟んで反対側なのに何でそんなに警戒するんだ?』

すごく遠い。中原の国々を平定しながら移動したらさらにかかるだろうし。


『レッツェの受け売りだが、小国同士の争いを後押しして、強国が代理で戦わせたことも多々あったらしくてな。シュルムが征服の闘志を燃やしてるのが当時の相手で、テオラールは該当する』

『それにしたって遠いだろう?』

【転移】の魔法陣とかあったら怖いです。


『同じことを王狼殿が聞いた。妖精の道の出入り口が城塞都市から十日の場所にあるそうだ』

『よし、塞ごう』

金銀のことを考えると、ナルアディードのそばにもありそうだな。【転移】ではなかったことにちょっと安心。


 妖精の道って妖精と精霊しか、絶対通れないのか確認しなくては。偽物くんはチェンジリングだし、普通に利用できるんだろうけど。姉とか姉とか姉が通れるかの確認をしなくては。


『……まあ、塞げるなら塞いどけ』

『方法はこれから探すんだけどな。ところでさっき急に声が不明瞭になったんだけど、眼鏡がなんかした?』

『眼鏡――イスカルがことか。盗み聞き防止の魔法を使ったようだ、風属性の簡単な魔法だな』


 ……そんな魔法だったのか。歌った精霊の、俺にもわかる音痴はわざとなのか聞きたいところ。

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