第9話 熊

 狸とハクビシンのツノアリと遭遇したが、問題なく進む。もともと積極的に人を襲うタイプの獣じゃないし。


 熊の気配。ツノありかなしかは分からないけど、さっきの普通の熊より強い気配だ。とりあえず魔法を当てて、全く効いてない風だったら【転移】で逃げよう。そんなことを考えつつ、気配の元へ向かう。


「『ウィンドスラッシュ』!」

魔法は魔力に自分の中の属性を纏わせて使う。どんな魔法を使いたいかイメージし、必要な属性を引き出す。


 日本でやってたゲームのお陰でイメージはつけやすいし、属性を引き出す方法も分かりやすく教えてもらった。


 この世界にレベルの概念はないみたいだけど、魔物を倒すと、魔物に憑いていた精霊の力の残滓が流れ込んで強くなれる。ただし、精霊の性格や属性からも影響を受けるので、弱い精神のままであまり倒すことばかりやってると自身が魔物化することがあるそうな。


 俺は【精神耐性】あるので関係ないけどな。額にツノのある熊の姿を目視したところで魔法を放つ。


 身体強化と共に全属性がつくらしい。ただ守護を受けたヴァンの火、ルゥーディルの大地と静寂、パルの大地、カダルの緑――植物、イシュの水と回復、ミシュトの光と風、ハラルファの光、リシュの氷と闇は強化される。


 

 結果。


 すぱっと行きました。よしよし、いいね。次は剣でやってみよう。


 剣でも問題なく倒すことができ、順調に森を進む。魔法を使える人は珍しいらしいし、人と遭遇しそうなここでは剣を使う方向で行こう。悩みは倒した敵をどうするかだ。一応今は【収納】してあるのだが、商業ギルドに出す時は一匹が限界だろう。


 熊の魔物は内臓が胃の腑や、滋養強壮の薬になる。皮は防具の素材としていい値がつく、肉もそこそこ。小出しに売るしかないかな。


 街を出たり入ったり。宿屋にいちいちチェックインして痕跡を残すのが面倒になってきた。


 簡単に帰れることをいいことに、適当に歩いていたら湧き水を見つけた。こぽこぽと流れ出しているが、その流れはすぐに地面に吸い込まれ、消えてしまっているので大きさ的には水たまり程度。


 とても澄んだ水とその水で長い間洗われたであろう砂が綺麗で、周囲に苔が広がっており、なかなかいい風景。


 よし、そろそろ熊を売って帰ろう。っと、その前にツノありの熊を一匹取り出して、巻いてある袋を開いて入れる。入りきらないのだが、これはどうしたら……。まあいいか、はみ出してても。


 森の端まで【転移】してあとは歩いて町へ。


「あんた、顔に似合わずすごいというか、大雑把だな」

なんか門番さんに呆れた顔をされたけど、入りきらないんだからしょうがないだろう。――ちょっと背中に背負った袋から熊の足が飛び出てスケキヨしてるだけだ。


「あんた、その格好で来たのか?」

商業ギルドの買取窓口に直行したら、そこでも言われた。


「スパッとやった断面を晒して歩くよりはいいかと思ったんですが……」

頭と胴体は綺麗に分かれているのだ。


「すまんが、こっちで降ろしてくれないか?」

店員に頼まれてカウンターの後ろの作業場で熊を下ろす。


「おお、こりゃいい。皮が全部利用できる。あんた、力持ちなだけじゃなく腕もいいな。ちと四半刻待ってくれ」


 三人がかりで吊り下げられて解体されてゆく熊。半刻はんときは約一時間、四半刻しはんときは約三十分。


「ところでポーションの作り方ってどこかで教えてもらえるんですか?」

「うん? ポーションなら隣の本部でもレシピを扱ってるぞ。薬師ギルド、いや魔法薬は錬金のほうかな? 各ギルドや個人でしか扱わねぇのもあるが、広めたい知識はだいたい商業ギルドにも委託されてる」


 おっと。そんな便利なシステムがあるのか。


「ちょっと隣に行ってきます。査定は全部売る方向で」

預かり証をもらって早速隣に行く。


 案内人に用件を告げ、案内された窓口に向かう。カウンターがあって後ろに書類の入った棚が並んでいる。


「すみません、ポーションのレシピを買いたいのですが。あと、購入できるレシピの一覧などがありましたらいただけませんか?」


 ポーションのレシピをゲット、一覧はもらえなかった。紙の二、三枚を想像してたら束でした。料理からレンガの焼成方法まで、なかなか多岐に渡っていた。特許というわけではないみたいなんだけど、本当に料理のレシピみたいな扱いっぽい。


 ポーションのレシピは簡単だった。薬草、祝福された水、魔力を注げる製作者。薬草は取ってきたし、水は家の水で良さそう……? 


 初級ポーション以外のレシピは錬金ギルドのほうで扱っているそうだ。熊の代金を受け取ったら行ってみよう。


 怪我を治す回復魔法も使えるし、それよりも万能な病気も治す【治癒】も使えるのだが、それがバレたら鬱陶しそうなので。強いことを隠し切るのは面倒そうなのでオープンにするとして、怪我はポーションで治している風を装いたい。ついでにポーションは高く売れそうだしな。


 この世界、物理的に強い者はけっこういる。物理的な力を司る精霊は、その力を見せたいらしく祝福を授けることが多いのだそうだ。魔法を使える者はそれよりも少なく、その中でも魔力が弱かったり属性を持たない者がいるので実戦に出られる者はもっと少ない。


 そんな魔法を使えない魔力持ちが錬金術師になるのだそうだ。ただ、魔法が使えるからといってぶっ放すのは得意でも、魔力操作は苦手というのも多いらしいので魔法使いが錬金もできるとは限らない。


 さて俺はどうだろうな? 大丈夫だと思うけど。


「おう、魔石あったぜ。一応見とくか?」

「お願いします」

解体場所に戻ったら声をかけられた、初魔石!


 ピンポン球くらいのを想像していたのだが、予想に反して小さかった。姉の指輪についてた石より小さい――姉は見栄っ張りだから多分一般的な石より指輪やネックレスについてた石は大きめだったはずだ。そう考えると普通なのか?


 小指の先もない赤色の宝石を手に乗せて眺める。


「レッドスピネルだな。スピネルは赤いほど価値が高い、おめでとう」

「ありがとう?」

いまいち価値がわからないまま礼を言う。


 だいたい大暴れする系の魔物についた精霊は赤系の宝石に結晶化することが多いのだそうだ。強ければ強いほど色が濃くなる。


 魔石も宝石の一種ではあるが、ただの宝石と違い魔力を帯びている。薬の材料になったり、魔法に使うそうだ。普通にアクセサリーとしても使って見せびらかすことも多いらしいけど。婚約指輪は小さくても魔石だそうだ。


「これも買取でいいのか? この大きさと色なら火の魔法の強いのが使えるだろ?」

「ああ、買取で構わない」

魔石がなくても俺は魔法が使えるし。


懐も潤ったし、さっそく道具を揃えて帰る。魔物との戦いが多い町だけあって需要が多いんだろう、道具はすぐ揃った。熊一頭分したけど。


ポーションづくりは日本人の器用さを発揮して余裕でした。才能も貰ってるし、できなかったら凹むところ。


 うーむ、調剤用の部屋欲しいな。ちょっと薬草の匂いが気になる。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る