第300話 乗せたい座布団

「ジーン、お帰り」

「ただいま」

執事が声をかけるとアッシュが部屋から顔を出したが、手紙を書いているらしく、また引っ込んだ。寒いし、こっちで書けばいい――いや、私的な手紙だったら人が周りにいるのは落ち着かないか。


 カーンはどこかに出かけているらしい。カヌムでもそうなのだが、時代と文化の差を埋めるべく、よくそぞろ歩いている。でもそろそろ戻るはず、なぜなら日が落ちると寒いから。暖炉に薪を足しておいてやろう。


「お茶をお淹れしましょう、水を汲んでまいります」

執事がそう言って部屋を出る。


 薪を足して火を大きくしていると座布団が背中をうろうろ。形状的に火の粉が散ったら危ない気がするので避けててほしい俺だ。


 立ち上がると尻をつつかれたので、座布団に座る。


「お前、精霊の上に乗るのやめろ」

「そんなこと言われても座布団は上に座るものだし――ほら、座布団がショック受けてる」

座布団は人型でこそないが、人の近くに長く存在していたため人の言葉がわかる。ちょっと四方のかどがくしゃくしゃして下を向いている。


「……せめて浮くのはやめろ」

「しょうがないな。『ベンチに移動頼む』」

なるほど、みたいにぴーんとなってベンチの上に移動。一見、ベンチの上に座っている風に。


「浮いたまま移動するのはもっとやめろ!」

ディノッソの注文が多い!


「それにしてもレッツェが働き者すぎる」

「エン関係の情報もぽつぽつ仕入れてくれるし、本当にな。昔の知り合いへの顔つなぎくれぇしか礼ができてねぇけど、それも礼になってるのかどうか……」

俺の漏らした一言に、ディノッソからの相槌。


「エンのこと伝えたんだ?」

「いや。だが、流してくれる情報からして知ってる」

「レッツェは時々人の心を読んでる説」

「お前は顔にでまくってるけどな」

ひどい!


「俺は東と北じゃ顔が売れてるせいで情報が集まりやすいんだが、代わりに俺が情報を集めてるってのもすぐ広がっちまうからな。いっそ、明日ギルドに行った時に直球で偽勇者の移動方法を聞いてみるわ」

ディノッソの冒険者としての活動はどうやら魔の森と北の大地方面のようだ。名前はもっと売れてるのかもしれないけど、顔バレはその範囲っぽい。


 執事が水挿しと薪を抱えて戻って来た。どうやって扉を開けたんだろうとちょっと疑問を浮かべつつ、薪を受け取って暖炉側に積む。


「冒険者なんて多少なりとも無鉄砲なとこがあるのにな。落ち着きすぎて時々年上に感じる」

「それ絶対レッツェの髭のせい」

精霊が憑いてる人って若めに見えるのもあるけど。


 あとレッツェは少し顔色が悪めというか、肌の張りがお疲れめ。桃のシロップ漬けでちょっとだけつやつやになってたけど。森やら坑道やら連れ回しているけれど、精霊憑きでないレッツェの基礎体力は普通。疲れが溜まっているのかも?


 あれだ、回復効果がある料理が何かできないかな? あとで座布団に協力を打診してみよう。


「何のお話ですかな?」

「レッツェが有能だって話」

執事の問いに答える俺。


「――なるほど?」

途中から話を聞いたせいで、ちょっと不思議そうだが、レッツェが有能なことに執事も異論はないようだ。


 執事の淹れてくれたお茶を飲みつつ、ローザたちの話を少々。アッシュも出てきて混ざる。


「よし、とりあえず鴨焼いとこう」

豚と鶏、牛は城塞都市の名物で昨日も食ったし。今からじっくり炙り焼きにして、レッツェが帰ったら食おう。


「む……」

俺が席を立つと、座布団が座れとアッシュをつつく。女性の尻はつつくなと言い聞かせたので、ちゃんと手首のあたりをつついている。


 なお、座布団がつつくのは俺とアッシュとレッツェ。アズたちもツタも俺の精霊の系列なので気兼ねなく声(?)をかけているらしい。


 レッツェはすごくびっくりして、座ったはいいものの足の角度とか90度で、背中とか手足が真っ直ぐだった。見えてないんだししかたがないけど。


 本人曰く、「精霊に慣れてねぇんだよ!」とのことだけど、大福によく乗っかられてたり踏まれたり、尻をつけられてるんだが。


 大福は気が向くと結構姿は見せるほうだけど、レッツェにはまだ見せていないようだ。まだというか、姿を見せないまま色々遊んでいるというかなんというか。


 話を続けながら食事の準備。


 鴨の他は何にしようかな? 付け合わせは、じゃがいもを細切りにしてバターたっぷりで焼いたレシュティ、黄色と赤のパプリカ焼いたやつ、クレソン。一緒にいる時くらい野菜を食わせないといかんので、ミネストローネいこうか。


 パプリカは1時間以上かけてじっくり焼くと美味しくなるので、もう暖炉に設置。でもみずみずしいのも捨てがたいので二種類つけよう。


「戻った」

「カーン、おかえり。レッツェが帰るまでとりあえず飲んでて」

寒そうなカーンに赤ワインの瓶を渡すと、執事が人数分のカップを用意する。


「お前の出すワインは味が深い」

カーンは『食料庫』の赤ワインがお気に入り。


 こっちのワインは保存技術がイマイチなので、出来立ての若いうちに飲んでしまうものがほとんど。澱も多いしね。


「ただいま、暖かいな。あと鍵かけろ、俺みたいに見えないのが大多数だろうけどよ」

戻った途端に教育的指導をしてくるレッツェ。多分執事がどこからか精霊に見張らせてるんだが、用心に越したことはない。

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