第129話 短杖の性能

 とにかく、マクスウェルにバレてしまったが、かろうじて事なきを得たと言っていいだろう。

 だがマクスウェルは仮にも国政を携わっていた猛者だ。タダで済ますはずがなかった。


「ところでお主、先程『なんでもするから』と言いおったの?」

「えっ? ……そんなこと言ったかな?」


 何か不穏な雰囲気を感じたので、俺はとりあえずすっとぼける事にしてみた。

 だがそこはマクスウェル。さすがに嫌らしい性格をしていた。


「そうか? ワシもなんだか急にボケが来たかもしれんの。先の約束もうっかり忘れてしまったかもしれん」

「待て待て待て、さっきのは冗談だ! 確かに言った、なんでもする!」

「最初っからそういえばよかろうに。それでレイド、お主はこの後どうするつもりじゃ?」

「どうするとは?」


 一連の流れで、大量の脂汗を流してしまったので、喉がカラカラになっている。

 俺は用意されていた水差しからグラスに水を注ぎ、口元に運ぶ。


「コルティナの事じゃよ。彼女の頭はお主もよく知っておるじゃろ。聡い彼女の事じゃ、今は色ボケしておるが、すぐに真相に気付くじゃろうて」

「そりゃ……確かにな。マクスウェルの爺さんでも気付いたんだ。彼女がいつまでも気付かない訳がない」

「今のお主は、かなり幸運に恵まれておるようじゃな。何らかの手を打っておく必要があるぞ」

「そうだな……」


 そこで俺は破戒神より授かった短杖について思い出した。

 ちなみにそれを持ってきたカーバンクルは、ミシェルちゃんによって拉致され、一足先に帰路についている。

 今頃ミシェルちゃん宅で盛大にモフられていることだろう。


「そう言えば例の神様からこういうアイテムをもらったんだ」

「それは……?」

「手紙によると変形フォームシフトの魔法が込められているらしい。この短剣の柄にしろと言われてる」

「そりゃまた、剛毅な話じゃな」


 このフォームシフトという魔法は干渉系の中でも、変化ポリモルフに匹敵するほどのトンデモ魔法だ。

 効果は性能をそのままに、外見的形状を変化させる。ただしアイテムに限る。

 自分を変化させるのではなく、手の中のアイテムを変化させるという、ポリモルフの魔法の前段階のような魔法である。

 その他の魔法は汎用支援系と軽んじられることの多い干渉系でも、最上位に位置するこの二つを含む五つの魔法だけは侮られる事はない。

 アイテムの使用に際し、消費される魔力も桁外れなのだが、それは本来持て余し気味な俺にとって渡りに船。害になる物ではない。


「あの銀の大弓に匹敵する神器か。どれ、ちょいと使ってみぃ」

「おい……」

「どうせ試験はせねばならんのじゃろ。今やっても問題はあるまいて」


 そこまで言われ、俺はかすかに逡巡する。確かにこのアイテムの試験を行うことは必須事項だ。

 そしてその場に魔法のエキスパートであるマクスウェルが参加してくれるのは、ある意味僥倖である。


「それもそうか……じゃあ早速実験してみよう」


 マクスウェルの合意もあることだし、俺は実験の準備に取り掛かった。

 まずは白いのに指示されている通り、短剣の柄に短杖を取り付けることから始める。

 これは武器の整備と大して手間は変わらないので、俺にとってはすぐ済ませることができた。


 続いて俺は中庭に出て周囲に視線が無いのを確認する。

 小手調べに、ざっと魔力を流して反応を見る限り、この短杖に込められた能力は、長さや太さを変化させる程度の魔法しか込められていないことがわかった。

 しかしそれだけでも、室内では天井を突き破る可能性だってある。

 そこで屋根のない外で、しかも人の視線を気にしながら実験することになったのだ。

 まあ、マクスウェルの屋敷を覗き見ようという酔狂な人間もあまりいないのだが……


 マクスウェルもその間、探査サーチの魔法で周囲を探り、人がいないことを確認している。


「よし、それじゃ始めるぞ」

「うむ。ワシもそのアイテムは初めて見るからの。ワクワクするわい」

「俺は見世物かよ」


 そう言いつつも短剣の柄に魔力を流す。この柄部分の魔道具には起動言語キーワードが設定されていないので、一瞬だ。

 この工程は、先程の魔晶石に魔力を込める作業と然程変わらない。

 持って行かれる魔力が魔晶石とは桁外れだが、無駄に魔力が蓄積されている俺にとっては、それほど苦痛ではなかった。

 そしてほんの数瞬後には、短剣の柄に大きな変化が訪れていた。


 クラリと視界が暗転し、一瞬倒れそうになる。これは急激に魔力が失われた影響だろう。

 だが昏倒するというほどではない。しかも魔力の供給は俺の意志で、ある程度制御できそうな感触だ。

 視界が戻れば、そこには長さ三メートル近い歩兵長槍パイクが存在していた。


 最初に感じたのは手の中の重み。

 短剣の柄が長く伸び、三メートル近くまで伸長していた。その先端にはいつもの短剣の刃が着いたまま。

 柄の太さも微妙に太くなり、槍として取り回しやすい太さに変化していた。

 軽く振ってみると、適度なしなりがあり、槍として使いやすい硬さを持っている事がわかる。


「これは……意外と使いやすいな」

「魔力の消費はどうじゃ? まだ余裕がある様子じゃが?」

「ん、確かにまだ余裕があるぞ。でももっと込めれる感じかな?」

「なら試しに込めてみぃ」


 俺はマクスウェルの指示に従い、より魔力を込めていく。

 すると柄が込めた分だけジワリと伸びる。最大で十メートル近い槍にまで変化したが、さすがにこの長さでは使いにくい。

 逆に魔力を絞ってみると、一メートル程度の短槍ショートスピアへと姿を変えた。

 柄の太さも、長さに応じて使いやすい太さへと変化している。しかも適度な撓りがある割には、非常に頑丈だと判明した。


「驚いたな。それなら場所を選ばず、最適な形に変化させることができるようじゃの」

「だな。変形の魔法としては、かなり限定的に使っているが、これは使いやすい」


 試しに振動の効果も使用してみたが、その強烈な震えは槍の柄に吸収され、以前のように手の中で暴れるということはない。

 これならば、振動の能力も思う存分使えるだろう。

 柄の長さを変える。それだけの魔法を付与することで、短剣を槍のように使用できるようにする。

 あの神様にしては、使い勝手のいいアイテムをよこしてくれた。


「武器の心配はこれで無くなったか。短剣と槍ではイメージが違いすぎるし、変装にも役立つだろう」

「問題はその姿そのものじゃなぁ。どうする?」

「どうと言われてもなぁ……なにかいい姿はあるか?」


 幻影を作る指輪があるので、アイデアさえあれば自分の姿は自在に変える事ができる。

 しかし自分が最もよく知る前世の姿は使わないと決めた以上、代替の姿を想定しておかねばならない。

 

「そうじゃな……曖昧なイメージでも変化できるのか?」

「曖昧だとボロが出そうだが、可能ではあるかな」

「ならその姿を成長させてみるのはどうじゃ?」

「ふむ?」


 下手に変化させるのではなく、微妙に姿を変える事でイメージの不足を補おうという考えか。

 しかも大人の姿ならば、子供の本来の姿とのギャップもそこそこある。

 そこに短剣と槍という武器の違いなどが加われば、充分変装と呼べるレベルになる……かな?


 マクスウェルの助言に従い、さらに変化の指輪の力も使ってみる。

 いくつか修正点を受け入れながら、どうにか俺と結びつかない程度の少女の姿を結実する事ができた。

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