第116話 不良冒険者
洞窟の出口付近に三人の冒険者が鎮座していた。
彼等は揃って重装備で身を包み、パンパンに膨らんだ手提げ袋を脇に置いている。
全員が大声で笑い声を上げ、乾杯の音頭を取っていた。
彼等は焚火を囲むように座り、カップを口元に運んでいた。おそらく酒だろう。
鞄の隙間から黒光りする鱗のような物が覗いているのを見ると、コルティナの予測通り、ドラゴンの鱗を回収しに来た冒険者に間違いはなさそうだ。
なぜこんなところで……と思ったが、そこで俺は気が付いた。
この森は意外と深い。
拓けた場所と言えば、ドラゴンの立ち寄る温泉か、この洞窟の前くらいだろう。あとは町の近くまで戻らねば、存在しない。
町に帰れば、この儲けは大っぴらに口にできない。なぜなら落ちている鱗は有限の資源であり、早い者勝ちのお宝だからだ。
下手な事を口にして、競争相手を生み出す事もあるまい。そして温泉ではいつドラゴンがやってくるかわからない。
つまりこの場所が、彼等にとって最も寛げる場所という事になる。
「クキュッ――!?」
唐突な遭遇に、カーバンクルが驚いたような声を上げる。
俺もコルティナも、さすがに冒険の場数を踏んでいるので、ここで声を上げるようなヘマはしなかったのだが……それを幻獣に求めるのは酷な話だったか。
カーバンクルの声に反応して、男達もこちらに気付いたようだ。酒を口に運ぶ手を止め、俺たちに濁った視線を向けてくる。
「ああ?」
「なんだ、お前ら?」
子供を担いだ女連れ。確かに怪しまれて当然の姿ではあるが、彼らほどではあるまい。
酒に酔い、紅潮した髭面。身に着けた板金鎧も、あちこち傷が付き、そこから錆が浮いている。
手入れは悪いが、かなり使い込んだ雰囲気。その風情からするとそれなりに場数は踏んでいそうだが、品性は経験に反比例して低そうだ。
こちらに向けた
「えっと……私達は迷子の子供を保護しに来ただけよ。気にしないで」
「迷子だぁ?」
コルティナが愛想よく、背中に背負ったマイキーを男たちに見せる。
そのまま、マイキーを俺の背に覆い被せるように移動させた。
「なに?」
「シッ、いいから」
背中にこいつを背負っていたら、俺は戦えない。できるならコルティナの方で引き受けてほしいのだが。
そう思って、振り返ろうとしたところで、男たちが素っ頓狂な声を上げた。
「おい、その後ろの――まさか、カーバンクルじゃねぇか?」
驚愕を多分に含んだ声。ドラゴンの鱗拾いという、地味だが儲けの大きな仕事を成功させた帰りに、まさかこんな幻獣までお目にかかるとは思わなかったのだろう。
だが、今の俺達にとって、男の叫びは不穏の一言に尽きる。
カーバンクルは保護指定幻獣。それを連れているだけでも、こちらとしては問題事だ。
しかも、その額の宝石は非常に高価。法を犯してでも手に入れる価値があるほどに。
「よく懐いてるじゃねぇか? なぁ、ちょっとそいつを貸してくれないか?」
やたらと馴れ馴れしく話しかける男。他の二人も、こちらを挟み込むような位置に移動していく。
その包囲網が完成する前に――
「ニコルちゃん、逃げて!」
「え?」
「マイキーを連れて、早く!」
そこでようやく、俺はマイキーを俺に渡した真意に気付いた。
コルティナは……ここで一人で、足止めするつもりだ。
男達の性格はともかく、力量はそれなりにありそうだ。後衛職のコルティナ一人では荷が勝ち過ぎるかもしれない。
無論、そこに俺が参加しても、勝ち目は薄い。いつもの俺ならば、だけど。
糸による身体強化を行えば、俺も充分戦力になれる。
そしてコルティナと力を合わせれば、連中を撃退する事も可能だろう。
だがそれは、俺の正体をコルティナに知られる事にも繋がる。
「早く行って。私も後から追いかけるから!」
コルティナはそう言っているが、三人に包囲されて逃げ切るのは難しい。
これは……
「あの時の、俺と同じか」
命懸けの時間稼ぎ。
いや、彼女ならば俺達という荷物がなくなれば、どうとでもできるかもしれない。
地形を利用した罠やトラップは彼女の得意とするところだ。
ひょっとしたら彼女の得意分野で、男達をどうにかできてしまう可能性もある。
だが、彼女の本質は魔術師である。しかしマクスウェルのように強力でもなく、マリアのように早くもない。
その実力は一般的冒険者よりも上なのは確かだが、三人相手となるとどうだろう?
その上、今は装備すら付けていない。攻撃を受ければ、一撃で大怪我を負ってしまう。
「早く!」
共闘か、撤退か。俺はその結論を出す前に、コルティナに急かされる。
その声に背を押されるように、俺はその場から駆け出していた。
これは前世から彼女の指示に従い続けていた条件反射とも言える。
俺は闇雲に森の中に駆け込んでいった。男達も俺を追おうとするが、その前にコルティナが立ちはだかり、追跡を妨害した。
そのまま詠唱が始まり、男達が彼女に襲い掛かっていく。
戦闘が始まる気配を背後に感じながら、俺はマイキーとカーバンクルを連れて森の中に駆け込んだのだった。
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