第115話 要救助者発見

 洞窟の前までやってきたが、冒険者にもマイキーにも出会う事は無かった。

 幸いというか、カーバンクルの死体や血痕なども発見できなかったので、彼の身もカーバンクルもまだ無事なのだろう。


「まだ彼は無事みたいね」

「うん、カーバンクルも。足跡は洞窟の中に続いてる。でも、でてくる足跡はない」

「マイキー君はまだ中にいるって事ね」


 更に周囲を検索していくと、他に足跡が無い事が判明。つまり冒険者はまだここまでは来ていないという事になる。

 ドラゴンが立ち寄る源泉は、この近辺ではない。人が入る場所にドラゴンに立ち寄られては、客足が途絶えてしまう。

 知性が高いドラゴンらしいから、その辺りを配慮して町から離れた場所を選んでいるのだろう。

 冒険者がここに来ていない理由も、ドラゴンの居場所を探索するためか。


「彼が出てこない理由がわからないわね。冒険者と鉢合わせしていないのだとすれば……中でトラブルがあったって事ね」

「なんにせよ、中に入らないと」

「洞窟内にガスが溜まっている可能性があるわ。浄化ピューリファイの魔道具は持ってる?」

「ある」


 この町が温泉街として発展した原点が、この洞窟で温泉が発見されたことにある。

 つまり、この内部にはガスが溜まっている可能性も少なくない。


 俺は顔を隠すために便利なので、ピューリファイの魔法を込めたマフラーは常に持ち歩くようにしていた。

 二人揃ってマフラーを巻いて、洞窟内に足を踏み入れていく。内部は暗く、さすがに俺も視界が確保できない。

 そこでコルティナが光明ライトの魔法を使用し、周囲を照らしてくれた。


「足跡、まだ追える?」

「うん。子供の足跡と……獣? 爪があって、見た事ない足跡がある」

「噂のカーバンクルね、多分」

「んー、二つとも頻繁に出入りしている痕跡がある」

「頻繁に……?」


 一度だけならば、偶然もあるだろう。だが双方何度もとなると、偶然とは言えない。

 そしてその回数出入りして、カーバンクルと出会わなかったというのも考えられない。


「おそらく、マイキー君はここでカーバンクルと会うために出入りしてたのね」

「カーバンクルは保護指定されてる」

「だからこそ、人目を忍んで会ってたのよ」


 保護指定されている幻獣と、頻繁に触れ合う事はあまり感心される事ではない。

 カーバンクルは知性が低くはない幻獣だが、それでも迂闊に触れるのは危険だ。

 だから親にも内緒で、夜中に会いに来ていた。


「でも中で何かあって、戻れない状態になったってところかしら?」

「ガスが溜まっているなら……危ない」

「そうね、最悪の事態は覚悟しないと……」


 俺たちはそのまま足を進めていく。

 洞窟はかなり風化しており、いつ崩れてもおかしくないほど、ボロボロになっている。

 内部は案の定ガスが薄く滞留しており、長時間居座るとなると、かなり危険な状態になるだろう。


 しばらく中に進むと、崩れた壁を発見した。

 そのそばには子供の足跡が残されていて、崩れた岩盤の向こうに続いている。


「コルティナ、ここ」

「足跡ね。崩れた壁の向こうに続いてる?」

「うん。帰り道が落盤でふさがれたのかも」

「可能性はあるわね。少し下がってて。朱の五、群青の六、山吹の九――穿孔トンネル


 コルティナの呪文に従い、落盤の土砂に穴が開けられていく。

 太さ二メートル程度の穴が六メートル先まで開ける魔法だ。実際は三メートルも掘り進んだところで向こう側に貫通してしまった。

 俺とコルティナはお互いに目配せをしてから、俺が先に穴の中へ進んでいった。

 コルティナはこのままだと再び落盤を起こしてしまうので、頑強タフネスの魔法で壁を補強している。

 俺は短剣を抜き、警戒しながら奥へと進む。すると空気の漏れるような音……いや、威嚇音が聞こえてきた。

 そこには毛を逆立てた、額に宝石を張り付けた巨大なハムスター……カーバンクルがこちらに牙を剥いていた。


「カーバンクル、だ……」

「フシャー!」


 背後のコルティナに知らせるよう、そして相手を刺激しないように、静かに口にした。

 コルティナも補強を終えてから俺の背後までやってくる。

 そしてカーバンクルの向こうに、足を押さえて倒れ込んでいる子供を発見した。


「マイキー!」

「クルルルルル……」


 俺はカーバンクルを刺激しないよう、短剣を仕舞いながらゆっくりと少年に近付いて行く。

 いまだ俺を威嚇するカーバンクルを回り込んで、少年――マイキーの様子を探る。

 足に怪我をしていて動ける様子ではないが、呼吸は安定していて命に別状はなさそうだ。


 ガスの満ちた洞窟内なのに、彼の周辺はそのガスが存在していない。

 彼が幸運にもそういう空気溜まりに倒れていた……というのは、ご都合主義すぎるだろう。


「君が空気を浄化してくれていたのかな?」

「キュ?」


 俺が害意が無い事に気付いたのか、小さく首をかしげてこちらを窺っている。

 俺にはこの怪我を癒すほどの魔法は使えないので、コルティナに場を譲り、治癒してもらう事にした。


「治る?」

「これくらいなら、私でも大丈夫よ。それにしてもよく無事で……」


 コルティナが傷を癒している間、俺は周辺を調べる。

 そこにはパンや干し肉などの保存食が散乱していた。


「どうも、ここでカーバンクルに餌を与えていたっぽいね」

「そのお礼に空気を浄化していたのかもね」


 マイキーの足を光が包み、その傷跡が目に見えて消えていく。

 呼吸の落ち着いてきたマイキーを、コルティナが背負って出口を目指す。


「アナタもついてくる?」

「キュッ!」


 言葉は話せなくても、こちらの意図を察する事ができるのか、的確に返事を返すカーバンクル。

 洞窟を出るこちらの後ろを、チョコチョコとついてきた。


「こうやってみると、かわいいね」

「でも幻獣だから、危険な事は変わりないのよね。法律的にも違法だし」

「撫でたら気持ちよさそうなのに」

「さすがに私でも、それは見逃せないわよ?」

「無念……」


 元男と言えど、あのふわふわ感はさすがに抗いがたい。少しだけマイキーの気持ちがわかる気もする。

 だが、悪い事は悪い事だ。ここはしっかりと後で言い聞かせないといけない。

 それにこのカーバンクルはちゃんと保護してくれる対象がいる。


「あの白いの、実はモフろうとしてるだけじゃないだろうな?」

「ん、白いの?」

「なんでもない」


 とにかくこちらがカーバンクルを発見したのだから、いずれは向こうから顔を出してくるだろう。

 そんな事を考えつつも洞窟を出ると、そこには冒険者が三人、休息を取っていたのだった。

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