第114話 森の先客

 コルティナと装備を整え、森に向かう事になった。

 とは言え、この町には慰安目的で来ている。本格的な装備など持って来てはいない。

 俺もコルティナも、動きやすい衣服をコーディネートして、最低限の武装を持っただけで完了だ。

 俺は短剣とピアノ線と毛糸を装備しておしまいだった。


「やっぱり、少しばかり心許ないわね」

「しかたない。普通は温泉に武器は持ってこないし」

「ニコルちゃんはその短剣があるからいいけど、私はこの指輪しかないから……」


 コルティナの装備は魔力補助のための指輪一つ。それ以外はまるで散策するかのような軽装だ。

 弱いとはいえドラゴン種がいると噂される洞窟に向かうには、心細く感じるだろう。


「コルティナ、つかう?」

「この短剣? いいわよ、ニコルちゃんが使って。私はそういうのはあまり使えないから」


 コルティナの近接戦闘は、基本長杖を使っての防御が主体である。

 短剣を扱うのは、これでいて結構な熟練を必要とするため、確かに俺が持った方が効果を発揮できる。


「でも……」

「私は途中で杖でも買っていくわ。一応モンスターの出る場所に近い村だし、それくらいの装備は売ってるでしょ。それが無くても、トレッキング用の杖とかでもいいし」


 防御に使うのだから、必要なのは頑丈さだ。

 ただの木の杖でも、コルティナの干渉系魔法で強化すれば、それなりに頑丈になる。


「フィニアもミシェルちゃんも、お留守番頼むわね」

「はい、お任せを」

「うん、まかせて!」


 大弓を構えたミシェルちゃんが、拳を固めて決意表明する。

 この町にいる限り何もないとは思うが、五人の中で主戦力になる俺とコルティナが抜けるので、念には念を入れて警告しておいた。

 宿を出る際、心配そうなジェシカさんに見送られる。


「申し訳ありません、コルティナ様。息子の事、よろしくお願いします」

「まだいると決まった訳じゃないので、あまり期待はしないでください。でも望みは捨てないで」

「はい、きっとどこかでまたイタズラしてるんですよ……」


 虚ろに笑って見せるが、目が有り有りと心配の感情を浮かべていた。

 コルティナの手前、無理に感情を押し殺しているようだが、このままでは長く持ちそうもない。


「行こう、コルティナ。急がないと」

「そうね。それじゃ、いってきます。くれぐれも早まった真似はしないでください」

「はい、承知しております」


 この場合、早まった真似とは単独で洞窟に向かったりする行為だ。

 今はすれ違いを恐れて、家で待つ事を受け入れているが、心配の感情が暴走すると何をするかわからない。

 できるだけ早く連れ戻さないと、そういった独断専行を行いかねない。


 俺たちは足を速め、森の中にある洞窟へと向かったのだった。





 森の中は薄暗く、視界が悪い。斥候技術を齧った程度しか持たないコルティナでは、監視役としては心許ない。

 俺が先行し、周囲を観察していく。すると、奇妙な物を発見した。


「足跡だ」

「足跡? マイキー君のかな?」

「ううん、これは武装してる」


 足元までしっかりと覆う足甲グリーブの物だ。しかもご丁寧にスパイク付き。これは兵士か、前衛冒険者が好んで身に着ける物でもある。

 村のイタズラ少年が身に着ける物じゃない。


「兵士……にしてはおかしいわね。こんな所に展開しているはずないし」

「うん。多分冒険者。それも複数」

「複数?」

「三人くらい」


 足跡は三種類存在した。今、この森の中に最低でも三人の冒険者がいるという事だ。

 彼等の足跡は一直線に奥へと向かっている。


「森の奥? こいつらもカーバンクルを狙っているのかしら?」

「どうだろ。わたしの情報源は結構秘匿性が高いから、違うと思うけど」


 あの白いのも、一応は神を名乗る眷属である。というか、その悪質さでは他の神よりも一段高いくらいだ。

 そう簡単に情報を漏らすような事はないはず。という事は別口の情報源が存在したという事か。


「それとも、カーバンクルじゃない可能性?」

「あ、そっか! そういえば名前持ちのドラゴンがやって来るって言ってたわね」

「ドラゴンを倒すため?」


 いくらなんでも三人でドラゴンを、それも名前持ちを倒すなんて、よっぽどの手練れじゃないと不可能だ。

 だがコルティナは俺の意見をあっさりと否定する。


「違うわ、倒すよりももっと簡単に稼げるかもしれないの」

「稼げるって……」

「ビルさん達の話じゃ、ドラゴンは湯治にやってくるんでしょ? よっぽどお風呂好きなのか知らないけど、それだけ入り浸っているなら、鱗とか落ちててもおかしくないじゃない」

「あ、そっか」


 ドラゴンも爬虫類だ。しかも再生力が半端なく強い。多少荒っぽく身体を洗って鱗が剥がれても、すぐに再生してしまう。

 そういった鱗の破片が残されているとすれば、回収するだけでかなりの儲けになる。

 名前が付くほど上位のドラゴンの鱗は、それほどに使い道が多い。


「ドラゴンの遺留品目当ての冒険者が森の奥に向かい、万が一カーバンクルを発見したらどうなるかしら?」

「まず間違いなく、狩られちゃうね」


 コルティナはビルさんの会話から冒険者の目的を予測し、最悪の事態を想定していく。

 俺もこれには正直な予想を返していった。平凡な答えでも現状把握には必要な事だ。


「それをマイキー君が目撃したとしたら?」

「まず間違いなく、口封じで殺されちゃう」

「私もそう思うわ。どうやら急いだ方が良さそうね」


 俺たちはそう推測し、洞窟へ急いだのだった。

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