第113話 少年の行方

 かつて世界を救った英雄。その一人であるコルティナに詰め寄った事で、女性は強張った表情を浮かべながら事情を説明してくれた。

 コルティナがその気になれば、彼女一人この世から排除する事は、実に容易い。

 そしてその噂が広まれば、観光地で有名なこの町も大幅なイメージダウンになってしまう。

 それを理解しているからこそ、緊張を隠せないでいた。


 目的地の食堂。そこで食事を摂りながら、女性と話をする事になった。

 俺達は食事しながら、コルティナはお茶で喉を潤しながら、女性の――ジェシカさんの話を聞く。


「つまり、息子さんのマイキー君が昨夜から行方不明と?」

「はい。気付いたのは寝る前。よく家を抜け出す子でしたので、またフラフラ出歩いていたのかと思ったのですが、朝になっても戻ってこず……」

「それで徹夜してしまったのですね。大分顔色が悪いですよ」

「ですが息子が――!」


 そのマイキー君は昨夜フィニアと衝突して転がった少年だ。

 活発そうで、そして生意気そうな少年だった。その彼の行方が、いまだ見つからない。

 彼女は町中を駆け巡り、近所の人を動員までして捜索したが、発見には到らなかった。


「そう言えば昨日別れた時、門の方に走っていったような?」

「門ですか?」


 フィニアが昨夜の様子を思い出しながら、報告する。これはコルティナにも情報を伝える必要があるからあえて口にしている面もある。

 確かに彼は、俺達と別れた後、町の外側に向かって駆けて行った。今考えてみると、あの時間にあの方向に走っていくのは、かなり怪しい。


「町の外に出た可能性もある?」

「でもなぜ、外に……この近辺は他よりは安全と言っても、獣が出ない訳じゃないのに」


 冒険者達によって周辺の治安は整えられているが、それでも小規模なモンスターの類は存在する。

 とくに野山羊や猪といった野獣の類はラウム全域にそこそこ存在している。

 俺より少し年上くらいの子供では、対処しきれないだろう。


「そこまではわからないけど……いや、ちょっと待って」


 そこで俺はある言葉を思い出していた。

 それはあの白いの――破戒神が俺に伝えた言葉だ。


「確か、洞窟にカーバンクルがいるって……」

「カーバンクル? 保護指定幻獣じゃない。どうしてこんなところに?」

「わからないけど、神様がそういったの」

「神様って、昨日のあの白い子? 自分で神を名乗るなんて変な子だとは思ってたけど……」


 コルティナはあの白いのが神である事に半信半疑だ。しかし、これが普通の反応だろう。

 それはともかく、アヤシイとは言え神が口にした事だ。しかも俺のご先祖様。ならば俺を騙す必要性も……おそらくはないだろう。


「とにかく、洞窟のそばでカーバンクルを見かけたから保護しに来たって言ってた。でも多分方便」

「方便って……どうしてそう思うの?」

「だって、あそこは獣人用のお風呂だよ? そんなところで待ち伏せて、わざわざわたしに教えたって事は、わたしに行ってもらいたいんじゃないかなぁって」


 洞窟にカーバンクルがいる。その情報を俺に渡すために、白々しい演技までしてあの場で待ち伏せていたのだ。

 知らせた以上、俺があそこに行く事を暗に勧めているはず。

 そして姿を消した少年。このタイミングでこの事件。無関係を断じる方が難しい。


「ひょっとして、その子が先にカーバンクルを発見してしまったとか?」

「まさか、幻獣に襲われて!?」

「いや、カーバンクルはそれほど好戦的なモンスターじゃありません。下手に手を出さない限り安全です。そもそも子供程度の脅威なら、歯牙にもかけません」


 フィニアの推測にジェシカさんは顔を蒼白にさせたが、コルティナがそれを否定する。

 カーバンクルはそれほど強いモンスターではない。だがそれでも竜種の端くれ、しかも特に魔法に秀でた種族だ。子供相手なら自在にあしらう事ができるはず。

 つまり、マイキー君がカーバンクルに襲われて帰れなくなったという線はない。


「なんにせよ、可能性がある以上、様子を見に行かないといけないわね」

「わたしもいく!」


 というか、顔を知っているのは俺かフィニアだけだ。村人を連れて行くよりは俺の方がよほど役に立つはず。


「そうね。あまりお勧めはできないけど、ニコルちゃんの探知能力は私にとってもありがたいわ」


 コルティナは策を講じる事に優れてはいても、他の能力は一般的な冒険者を上回る程度。一流に手が届きそうで届かない、そんなレベルだ。

 つまり、探索能力で言うと、実は俺の方が高い。


「それならわたしも!」

「あ、ズルい! わたしも行きますわよ?」

「だーめ」


 ミシェルちゃんとレティーナも両手を上げて立候補をするが、森の中の竜種を捜しに行くのに、彼女たちを連れて行くわけにはいかない。

 ここはコルティナにさとされて、結局留守番する事になった。

 フィニアはミシェルちゃんたちの子守だ。


「あの、私はどうすれば……」

「ジェシカさんが森に来ても、できる事は何もありません。擦れ違いになる可能性もありますし、町で待っていてください。それにカーバンクルの元に向かったと決まった訳じゃありませんし」

「は、はい……」


 彼女もコルティナに反論するほど、取り乱してはいなかった。ここは大人しく、こちらの言葉を承諾してくれる。

 こうして俺は、コルティナと二人でカーバンクル探索に出る事になったのだ。

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