第5話 衝撃の事実


 ミルクで腹を満たし、眠っている間に筋肉を鍛える。少しでも早く、自分の足で立ち上がるために。

 短い足をピコピコと動かし、手を上下左右に振り回す。

 寝返りすらできない俺にできる運動と言えば、それくらいだ。


 だが俺は普通の赤子と違って、牛乳ミルクで栄養を得ている。

 つまり非常に栄養が偏った状態にあるのだ。それは持久力の不足にも繋がる。

 俺はあっさりとオーバーワークに陥り、気絶したかのように眠りに落ちたのだった。





 そんな毎日を送り続けて、ようやく寝返りを打てるようになり、もぞもぞと動く事ができるようになった。

 手も足も、少しずつ思い通りに動かせるようになっている。

 そこで俺は、もう一つの夢をかなえるべく、行動を起こす事にした。


 すなわち魔法である。


 生前の俺はあいにく魔法の才能はまったくなかった。

 魔法のエキスパートたるマクスウェルに師事した事もあったが、あっさりと才能無しと断じられ、魔術の習得は断念した経験がある。


 しかし今世では、俺はマリアの子供でもある。

 つまり俺は魔法の才能を秘めている可能性が高い。

 マリアは信仰心を基礎にした神聖術を使いこなすが、神聖術も魔法は魔法である。


 俺はマリアに師事した事は無いが、マクスウェルに受けた知識は残っていた。

 目を閉じて瞑想状態に入り、自身の内部にある魔力の存在を探る。

 すると身体の奥、へその下辺りになにやら熱いエネルギーのような物を感じ取る事ができた。


 ――おお、これが魔力って奴か?


 かつてはどう足掻いても感じ取る事ができなかった感覚に、俺は自然とテンションが上がっていく。

 これを脳裏に描いた魔法陣の形に変形させ、威力や範囲を指定する呪文を添える事で魔法を発現させるのだが……


 これを操る事が一苦労だった。

 身体の底にある魔力に意識の手を伸ばして形作ろうとするが、魔力はするりとその手を逃れ、霧散する。

 だがこれで諦める俺ではない。そもそも諦めの悪さは人一倍だ。

 上手く身体を動かす事ができない以上、俺ができる事と言えば、この魔法の練習だけだ。


 以前と違って魔力を感じると言う事は、少なくとも魔法を発現させる事ができるはずなのだ。

 そして剣を使う素質はライエル譲りのはずで、俺の戦闘経験も、この身体には宿っている。

 考えようによっては、誰よりも強くなれる素質を秘めているのだから、ここで修練をやめる訳には行かなかった。





 マリアから温めたミルクを受け取り、屈辱的な話だがオムツを替えてもらい、ようやく半年が経とうとした頃、俺は再び神を恨んだ。

 首も座って周囲を見回せるようになり、身体に力も宿り始めて上体を起こせるようになった俺は、その日初めて自分の下半身を目にした。

 マリアの手によって交換されるオムツの下から現れたのは……いや、現れなかったのは年齢相応の可愛らしい男性器……ではなく、何もない平原だったのだ。いや谷はあったが。

 つまり、俺は女だと言う事である。


「あううううぅぅぅぅぅぅぅぅ!?」

「きゃ! ニコル、どうしたの? いきなり叫びだしたりして」


 突如恐慌状態に陥った俺に、マリアは心配気な表情で眺めてくる。だが、俺の身体自体には異変はない。

 いや、俺にとっては異変だらけなのだが、彼女にとってはそれは普通の出来事だ。


 オムツの交換もそこそこに、俺は俯せになってすすり泣いた。

 かつて『災厄の影羽根』とまで呼ばれ畏れられた暗殺者が……女に? 何の笑い話だ!?

 聖剣より鋭いと言われたミスリル製の鋼糸を自在に扱い、邪竜コルキスすらその手に掛けた俺が……


「だぁうううぅぅぅぅ」

「なんだかよく分からないけど……泣いてるのかしら?」


 ポンポンと俺の背を叩き、慰めてくるマリア。

 生前と同じ、その優しさが今は悲しい。

 そう言えばニコルと言う名前は、男女どちらでも使われる名ではあるが、どちらかというと女性の方が多い名前でもある。

 それまで気付かなかった俺が間抜けなのか……いや、それも赤ん坊の身の上では自身の性別を確認するなどできようはずもない。


 つまりこれは、不可抗力なのだ。

 女に生まれてしまった事も。半年間、その事実に気付かなかった事も。


 男として生まれ、才能が足りず剣に挫折し、鋼糸術と言う戦闘手段で頂点を極めた前世。

 女として生まれ、才能あふれる両親の血を引き継ぎ、英雄の英才教育を受けた今世。


 俺のまったく逆の人生が、この時から始まったと言える。

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