第122話 後遺症
その日の昼食はかなり遅めに取る事になってしまった。
それも仕方あるまい。午前中は行方不明者の捜索に当てたのだから。むしろ半日に満たない時間で解決できたのは、僥倖と言えた。
マイキーの母親、ジェシカさんも、あの後丁寧に謝罪とお礼を言ってくれたので、気分良く昼食を取ることができる。
近場の食堂に潜り込み、個々人が好きなものを注文する。
ここは首都に近い観光地で有り、森の中ゆえに食材の特産も違う。そこいらの食堂とは言え、この地でしか口にできないものも多い。
俺はニガウリの豚肉炒めを注文し、独特の風味に舌鼓を打っていた。
このニガウリは首都近辺では手に入らないので、この炒め物はこの町の名物料理になっている。
ピリリと舌を指すような苦みとウリ独特の青臭みがクセになる。
「にがうま、にがうま」
「ふつう子供は嫌がるんですけどねぇ。ニコル様は好き嫌いが無いというか……」
「そういえば豆茶も好きだったわよね。ミルクと砂糖は入れたり入れなかったりで」
「甘いのも苦いのも好きなようですね」
俺は子供の味覚を多分に残しているので、甘い飲み物も大好物だ。前世でも甘いものは好きな部類である。
しかし苦みある食べ物も嫌いではない。舌を刺す刺激も、これはこれで心地よい。
「ニコルちゃん、わたしにもそれちょーだい?」
「いいけど、これは苦いよ?」
「だいじょーぶ!」
ミシェルちゃんは俺の食べる料理に興味を持ったようだが、案の定、大丈夫じゃなかった。
フォークで一欠けニガウリを刺し、口元に運んでやると、まるで雛鳥のようにパクリと食いつく。
満面の笑顔だったのはそこまでだった。
一瞬にしてその顔は蒼白に青ざめ、顔の各所が引きつって痙攣する。
そしてだらだらと脂汗を流し始め……動きが止まった。
彼女は一度口に入れたものを吐き出すことはしない。そういう風に躾けられている。
だからといって、彼女の味覚の上限を超えた苦みを持つ料理を飲み込む事もできない。
吐き出す事も飲み込む事も出来ず、ただ延々と口内の苦みに蹂躙されていた。
「無理なら吐き出していいよ。ほら」
見かねてテーブルナプキンを広げ口元に差し伸べるが、彼女は首をプルプル振って拒否した。
両親の教えがしっかりしているのはいい事だが、ここにはその両親はいない。それくらいのマナー違反は大目に見てもいいだろう。
「ここにはオジサンもオバサンもいないから。ほら」
「うー、うー……」
紙でできたテーブルナプキンを見て、彼女は数瞬悩み、唸り……そして敗北したかのような表情でついに口の中の物を吐き出した。
「ぺっ、ぺっ……苦かったぁ」
「早く出しちゃえばよかったのに」
「せっかく分けてもらったのに、吐いちゃったら失礼じゃない」
「そんなの気にしないよ」
差し出した段階で、それは彼女の物だ。食おうが吐こうが、俺には関係ない。
それに命をかけて守りあった戦友でもある。その程度で嫌うはずもない。
「食べられもしない物を欲しがるなんて、ミシェルはまだまだ子供ですわね」
そんなミシェルちゃんの様子を見て、レティーナの奴はフフンと鼻で笑っていた。
こいつもこいつで、貴族の身でありながら場末の食堂についてきて、出されたものを文句なく口にしているのだから、相当な変わり者である。
時折忘れるのだが、これでも侯爵令嬢なのだ。
だが、ミシェルちゃんを笑うのは……お前でも許さん。
「えい」
俺はニガウリの欠片をレティーナの口に放り込んでやった。それは的確極まりないコントロールで口に飛び込み、喋っていた勢いのままに噛み砕く。
無論彼女の味覚も、まだまだお子様である。突如として口の中に広がった苦味に、顔を真っ青にして口元を押さえる。
だがレディとしての矜持が吐き出す事を拒否していた。
「むぐぅ、ふぐぐぅ!?」
「お友達を笑うから、罰が当たったんだよ。ほれ」
さすがにそのまま放置はかわいそうなので、俺は水を差しだして救いの手を伸ばした。
彼女はひったくるようにそれを飲み干し、味わう事なく胃袋に流し込んだ。
「ひっどいですわ!」
一息ついた後、猛然と反論してくるレティーナだが、それはこちらのセリフだ。
「ミシェルちゃんを笑った方が悪い」
「むぅ、それは謝罪しますけど……あなた、よくこんな苦い料理を食べれますわね?」
「わたしは大人だもの」
お返しとばかりに胸を張って宣言して見せる。中身大人のままなので、これは少々反則かもしれない。
そんな俺達のやり取りを見て、フィニアはクスクスと笑い声を漏らしていた。
コルティナも同じように微笑みを浮かべていたが……いつもの勢いはない。やはりレイドの姿を見せた事が後を引いているのか。
「うーん……」
どうした物かと首を傾げる俺に、ミシェルちゃんが気付いた。
何事かと尋ねてくる。
「どうかしたの?」
「んー。コルティナ、元気ない」
「えっ、私!?」
コルティナは唐突に名を出され、驚いた表情を浮かべるが、それはフィニアも同じように感じていたらしい。
少し心配気な表情で、コルティナに話しかけていた。
「コルティナ様、確かに少々表情が優れないようですが……お疲れになりましたか?」
「いやぁ、そんな事ないよ? この程度で疲れてたら冒険なんてできないもの」
「それでは――」
「ちょっと、昨日から騒ぎ過ぎただけ。ホント大丈夫だから」
手を振って否定するが、その声にいつもの覇気がない。彼女の勢いがないと、他の人間もなんだか物足りなさを感じてしまう。
これは今後レイドの姿を使わないだけでなく、何らかのサポートが必要かもしれない。
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