第121話 一件落着

 町に戻ると、門の辺りで数人の男が待ち構えていた。住民が行方不明とあって、心配して見張りを立てていたらしい。

 後で聞いた話では、舞い降りたファブニールを見て、念のため警戒の見張りでもあったとか。

 魔竜ファブニールは頻繁にこの町の外れにある温泉にやってくるので、あくまで念のためだそうだ。


 マイキーを担いで戻ってきた俺達を見て、彼等は歓声を上げて駆け出していく。おそらくはジェシカさんのところに知らせに行ったのだろう。

 しかし、マイキーの意識が無いとみると、今度は一転蒼白な表情になった。

 慌てる彼等に、コルティナが威厳を込めた声で告げる。


「落ち着いてください。気を失っただけです。おそらく洞窟内のガスにてられたのでしょう」

「洞窟? マイキーは洞窟の中に入り込んでいたんですか! 危険な場所だって事は知っているはずなのに……」

「洞窟内にカーバンクルが住み着いていたんですよ。その子に会うため、街を抜け出していたようです」

「カーバンクル!?」


 保護指定の幻獣が近くに住み着いていたと聞いて、彼等は心底驚いていた。

 続いて微妙な表情に変化する。

 カーバンクルと言えば価値の高い竜珠が有名だ。その存在が知れ渡れば、密猟目的の冒険者が山のように押しかけてくる。

 人で賑わう事は町としては喜ばしい事だが、それが犯罪者となると話は違う。


「そこは安心してください。カーバンクルはファブニールが連れ去ったようですから」


 コルティナが町の人に事情を説明してくれた。

 カーバンクルが連れ去られた下りは、俺が帰り道にコルティナに説明しておいたので、事情は把握している。


「ああ、さっきの! その、では、カーバンクルはもう?」

「はい。すでにこの近くにはいませんので、ご安心を」


 コルティナも、町の人たちの戸惑いの理由は把握していた。なので、敢えてカーバンクルが立ち去ったことを強調して説明している。

 幻獣と心を通わせたマイキーには悪いが、彼の安全のためにも、カーバンクルは諦めてもらうしかない。

 あのハムスターモドキが傍にいるだけで、今日のようなトラブルは頻発しかねないのだ。


「マイキー!」


 そこへジェシカさんが息せき切って駆け寄ってきた。呼吸すら覚束ない程の全力疾走。

 それほどに息子のことを心配していたのだ。


「ま、マイキーは、無事で――」

「落ち着いてください。とりあえず命は無事です。意識が戻りませんので、早く医者の元に」

「は、はい。こちらへ!」


 彼女の案内で、この町の治癒術師の元へ連れて行ってもらう。

 マイキーの身に怪我はないし、呼吸も落ち着いている。顔色だって平常なので、見たところガスによる影響は見受けられない。

 足の怪我はコルティナがすでに癒しているし、深刻な状況ではないはずだ。





「ああ、こりゃ寝とるだけじゃな。しいて言えば疲労くらいか」


 大騒動で運び込まれたマイキーを診て、町の治癒術師はあっさりとそう言い切った。

 念のため、診察メディックという、身体的異常を発見する治癒系魔法をかけてもらったが、こちらも異常を発見する事はできなかった。

 疲労というのは、マイキーが足を折り、ほぼ徹夜で苦痛に耐えていたため、疲れ果ててしまったというだけだ。

 寝て起きて、たらふく食えば元通りになると太鼓判を押してくれた。

 この騒動も、これで一段落というわけだ。


「コルティナ様、本当にこの度はありがとうございました」


 息子の無事を知り、ジェシカさんはこちらに礼を告げてきた。ようやく人心地ついて、周囲を見る余裕ができたのだろう。

 コルティナも手を振ってそれに応える。


「いえ、これも何かの縁ですから。それに私としても無駄ではなかったですし」

「え?」

「いえいえ、お気になさらず」


 コルティナの発言を理解できず、ジェシカさんが奇妙な顔をしてみせたが、それも無理はない。

 レイドの姿を知る者が彼女の前に現れた。それも当時と同じ戦い方で敵を倒した。

 それは、あのレイドは彼女の知るレイドと同一の存在であるという証拠でもある。

 コルティナは今回の件で、俺の転生について、より確信を深めただろう。しかも大陸のどこに生まれたかもわからない俺が、このラウムにいると知れたわけだ。


「まあ、もうあの姿は使う気はないんだけどね……」


 何やらうれしそうな、悲しそうな、複雑な表情をしているコルティナを見て、俺はこっそりと呟いた。

 あの姿は良くも悪くも彼女を傷付ける。次に俺が前世の姿でコルティナの前に姿を現す時は、変化ポリモルフの魔法を習得し、きちんと実体を持ってからにしよう。

 それまでは……別の姿を考えておかねばなるまい。


「あ、いた! ニコルちゃん、無事だった?」

「コルティナ様、おかえりなさい!」

「ニコル様、お怪我はありませんか?」


 続いて騒々しく治療所に乗り込んできたのは、ミシェルちゃん達だ。

 フィニアの心配そうな健気な表情や、元気いっぱいのミシェルちゃんの姿は見ているだけで癒される。


「うん、大丈夫」

「心配かけたわね。みんな、そっちは大丈夫だったかしら?」

「はい、こちらは何事もなく」


 フィニアがまず事務的に近況を報告し、コルティナもそれに答える。

 ミシェルちゃんがファブニールのくだりを聞いた時、目を輝かせて乗り出してきた。


「ニコルちゃん、ファブニールを見たの!? どうだった、すごかった?」

「ちょ、近い近い。えと、ファブニールは知性あるドラゴンとして有名だし、危害を加えられる事は無かったよ?」

「当然ですわ。危害を加えられたら死んでますもの!」


 なぜか自慢げに胸を張るレティーナだが……まあ、彼女の言う事も間違いではない。

 俺達は魔竜ファブニールとほぼ同格の邪竜コルキスを倒してはいるが、それはパーティ全員の力を結集し、コルティナの策を用い、地の利を得、幸運があったからこその結果だ。

 単独でファブニールと対決する事態に陥ったら、さすがの俺でも尻尾を巻いて逃げる。


「やれやれだわ。でもあっさりカタが付いてよかった」

「そうですね、まだお昼過ぎですから」


 朝、食事に向かう途中で事件に巻き込まれ、そのまますぐに洞窟に向かった。

 そしてマイキーを発見し、冒険者に絡まれ、撃退し、破戒神とファブニールのコンビにカーバンクルを連れ去られる。

 これらの流れが澱みなく続いたため、時間自体はそれほど経っていない。


「じゃあ、一緒にお昼を食べにいきましょ。今ならまだ遅めのランチタイムで通用するわ」

「やったー!」

「わーい、ですわ!」


 ご飯と聞いてミシェルちゃんとレティーナはバンザイして喜びを表明している。

 それはわかるのだが、なぜ二人して俺の手を取って両手を上げるのか? おかげで俺も否応なくバンザイさせられている。

 というか成長の速いミシェルちゃんと、体格のいいレティーナに手を握られ万歳させられたおかげで、俺は吊り下げられた形になっていた。


 そんな俺達を見て、コルティナは口元に手を当てて笑顔を浮かべている。

 この笑顔は屈託のない、実に彼女らしい良い笑顔だった。

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