第123話 逢瀬

 とりあえずコルティナが場を取り繕ってくれたので、俺たちはその後も和やかな雰囲気のまま、湯治を楽しむ事ができた。

 その夜も前日と同じように寝具を床に敷き、全員で並んで眠りについた。

 だが深夜、コルティナがこっそりと寝床から抜け出した気配を、俺は感じ取る。


 足音を忍ばせ、部屋を出るのではなく、バルコニーへと向かう。

 そしてバルコニーに据え付けられていた揺り椅子に腰掛け、ぐったりと背もたれにもたれかかる。

 その眼には涙すら浮かんでいるように見えた。


 俺はそれを見て行動を起こす事を決意した。

 問題になるのは俺の姿。今の姿や声をコルティナに悟られる訳にはいかない。それを誤魔化しさえすれば、彼女に存在を知られたとしても問題はない。


 そこで俺はこっそりと部屋を抜け出す。

 廊下に出た俺は、宿の厨房から木のカップを持ち出し、それに糸を繋げた。

 いわゆる糸電話である。これならば声が篭っていたとしても怪しまれない。


 指輪の力で姿を隠し、裏庭に回り込んでコルティナの足元にカップを転がしていく。

 彼女はそれを訝し気に眺めた後、周囲を警戒していた。

 昼に質の悪い冒険者と悶着を起こしていたので、その辺を警戒したのだろう。


「聞こえるか、ティナ」


 俺はそれを無視して、糸を伝わせ、声を発した。カップが拡声器のような役目を果たし、声をコルティナへ伝える。

 糸電話という物は糸を張っていないと声を伝えられない。しかしそこは俺のギフトの力で、手元の糸の震えを先端部に伝えるくらいの事はできる。

 とは言え、声色を偽装するようなまねはできないので、向こうから発せられたのはやや舌っ足らずな子供の声だ。しかもカップに反響させて音を拡大しているので、篭った声になっている。

 それでも彼女は、その声が誰の物か察した。


「レイド……なの!?」

「ああ、俺だ」


 俺の返事を聞き、コルティナは声もなく、カップを抱きしめる。それが俺の身体でもあるかのように。

 低く、嗚咽の声も伝わってきた。


「悪いな、姿を見せられなくて」

「なぜ、なの?」

「ちょっとな。人前には見せられん姿になっちまってな」

「私は気にしないわ!」

「俺が気にするっての」


 できるだけ気楽な風を装い、そう告げる。

 コルティナの事だ。いろいろ考え込んでひどい展開に思い至るかもしれない。

 例えば、俺がゴブリンみたいなモンスターに転生したとか……?


「まあ、それは追々どうにかするさ。当てもあるしな」

「そうなの? でも……」

「姿を見せられないのは悪いと思ってるが、お前だってそういうのはあるだろ? だから察してくれ」

「それは……そんなの、ないわよ」

「ウソつけ、さっきまで泣いてただろ?」


 俺の言葉に彼女は遠目にもわかるくらい、顔を赤くしていた。

 気丈な風を装いたがるのは、彼女の癖だ。


「そんな事ないし――」

「無理すんな。俺もちょっと迂闊な真似したと後悔してる」

「ううん、嬉しかったよ」


 俺との会話を続けながらも、コルティナは周囲を見回し、俺の姿を探している。まったく相も変わらず抜け目無い奴。

 しかし、幻覚で姿を隠し隠密のギフトで気配を消している俺を発見する事は、プロの斥候ですら難しいだろう。


「まあ、今は我慢してくれ。近いうちに前の姿を取り戻して、絶対会いに行くから」

「……うん、待ってる」


 いつになく素直に、コルティナはそう答えた。

 前世ではありえないほどしおらしい態度だ。裏があるのかと疑ってしまうくらい。なので俺はその疑問を直接ぶつけてみた。


「珍しく素直だな。何か企んでいるのか?」

「しっつれいね! 私だって感傷的になる事もあるわよ!」

「そっか? いいけど……とにかくそんな訳だから、あまり気にするな。それじゃ、俺はそろそろ消えるわ」

「待って! あの時助けに来たって事は、私のそばにいるの?」

「ああ、いつも近くで見てるよ」


 これは嘘じゃない。その言葉を最後に、俺は糸だけを切り離し、手元に引き戻した。

 その動きはコルティナには見切れないほど素早かった。

 コルティナは糸の先を見失い、しばらくその場でキョロキョロと周囲を見回している。


 その隙に俺は宿の中に戻って部屋へと忍び込んだ。

 コルティナは俺が部屋に戻ってからも、周囲を探っていた。いつまでも、いつまでも……朝まで。





「おふぁよ」

「おはよう、コルティナ」


 あくびを噛み殺しながら、コルティナが挨拶してくる。

 俺は溜め息を隠しつつ、それに答えた。

 彼女は結局、日が昇るまで俺を探し続け、朝方に仮眠をとっただけで起きだしてきた。

 冒険者の頃は徹夜で行動したこともあるので、一日くらいはどうという事は無い……とは知っていても、やや心配である。


「ねむれなかった?」

「ちょっとねー。でも眠いけど気分は悪くないの」

「そう?」


 晴れやかな笑顔を浮かべる彼女を見て、どうやら昨夜の行動は間違いではなかったと確信する。

 今日はこの宿を出て、首都まで戻らねばならない。

 引率者のコルティナが不調では、留守番の両親が心配するだろう。


「ふあぁ……おあよー」

「うにゅぅ……」


 ミシェルちゃんとレティーナも相次いで起き出してくる。

 この二人は寝相が悪いので、髪型が大爆発していた。特にレティーナの髪形がヒドイ。いつものドリルヘアがあちこち跳ねてニガウリヘアになっている。


「おはようございます、ニコル様。今日は早いんですね」

「わたしもたまには早起きすることもある」


 俺の次に起き出していたフィニアは早々に顔を洗って、お茶の用意をしていた。

 今もトレイにホットミルクを載せて、厨房から戻ってきたところだ。


「ほら、あなた達も顔洗ってきて。荷物を片したら宿を出て、朝食を食べてから首都に帰るわよ」

「えー、もう?」

「もっとゆっくり来たかったですわね」

「学院があるんだから、そうゆっくりはしてらんないの。長期休みにまた来ましょ」

「ホント? また連れてきてくれる?」

「ご両親が許可出せばね」

「やったぁ!」


 二人はハイタッチを交わした後、もつれあうようにして洗面所に駆け込んでいく。

 また来れると知って、早速朝食のために顔を洗いに行ったのだ。


「なんとも元気な子たちね……」

「そりゃ、わたしのお友達だもの」


 いつでも元気で、場を癒してくれる。そんな彼女たちと友である事が、俺にはこの上なく誇らしい。

 前世の仲間に負けず劣らず、俺の自慢の友人なのだった。

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